大切だから、守りたくて
でも、どうしても守れないときもあって

だからせめて、願いを託して





想いの代わりに





夜明けと共にホームに戻って告げられた言葉は、早くも次の任務地。
出発は、出来るだけ早くとのこと。
いつにもなくハイペースな任務行程に、コムイさんは申し訳なさそうな苦笑を浮かべて「ごめんね」と言った。
最近はどうやらエクソシストを必要とする任務が多く、でもそれに見合うだけのエクソシストがいなくて、かなり切羽詰っているらしい。
少しだけ時間をください。とコムイに申し出て承諾を得ると、アレンは部屋を出た。

少しひんやりとした廊下を早足で歩く。
ホームでしか会えないのだから。彼女には。





まっすぐに向かった部屋のドアを、アレンは控えめにノックした。
が、予想に反して帰ってきたのは沈黙で。
(おかしいな・・・今日はホームにいるはずじゃ・・・?)
ファインダーとして日々活躍している彼女は、任務で長期に留守にしていることが多い。
けれど今回の任務に向かう前、しばらくはホームにいると言っていたはずなのに・・・。


?」


もう一度、今度は名前を呼びながらノックをしてみるが、これも反応なし。
迷いに迷った挙句、心の中で彼女に謝りながらゆっくりとドアノブに手をかけた。





「・・・ー?」


恐る恐る中をのぞくと、中はカーテンが閉め切られ、太陽が昇っているというのに薄暗かった。
疑問に思いながらさらにドアを押し開けると、ベッドの中に人の気配がある。
(寝てたのか・・・)
何かあったんじゃないかという不安が杞憂だったことに安堵を覚え、無意識に息をついた。
そういえば、今はまだ朝と言っても早い時間だ。寝ていてもなんの不思議もない。
時間の感覚が狂っちゃってるのかな・・・と自分自身に苦笑しながら、ゆっくりとベッドに歩み寄った。
起こさないように、そーっと。


「・・・・・・?」


ベッドの横に立って少し屈み、小さく名前を呼んでみる。
起きないかな?というちょっぴりの期待と、起こしたくないなと言う配慮がない交ぜになった感覚。
しばらく待ってみたが、当人は丸まるようにしてぐっすりと夢の中。
微笑ましいような、ちょっと残念なような、これまた複雑な心境になる。

深い眠りに落ちている彼女を目の前にして、アレンはしばし思案に暮れた。
起きて僕に笑いかけて欲しい、声を聞かせて欲しいと思う我侭な自分と、
寝ていて欲しい、起こすのも悪いし、という彼女を尊重した自分。
それがせめぎあってどうにも決着がつかない。

困り果て立ち尽くしていると、ふいにポケットの中でかすかに細い金属音がした。
それに気づいたアレンは、おもむろにポケットに手を突っ込む。
少し冷たい感触のするそれを取り出し、じっと見つめた。
それは、今回の任務地で買ったペンダント。
トップに淡い水色の小さな丸い石がついただけの、とてもシンプルなもの。
何か彼女に・・・と思って頭を悩ませていた自分に、店の人がある言葉を教えてくれた瞬間、これにしようと決めた。
それをきゅっと握り締める。
そしてじっと、気持ち良さそうに眠る彼女を見つめた。

かすかに聞こえてくる寝息はとても安らかで、表情もとても穏やかで。
あぁ、素敵な夢を見ているんだろうなぁと思う。
それを想像すると、起こすなんて考えは吹っ飛んでしまって。

アレンはもう一度じっと手の中のそれをじっと見つめると、祈るように額に当てた。
何に、とは自分でもよく分からなかったが、おそらくは、その石に。










“「その石はね、自分にとって一番大切な人を守ってくれるんだよ。」”










どうか、いつも一緒にいられない自分の代わりに、彼女を守ってくれますように、と。
自分のありったけの想いを込めて、アレンは祈った。





本当は、ずっと彼女の傍にいて、ずっとずっと守っていきたいけれど
でも・・・それは、無理だから。

だからどうか、僕の代わりに、危ない環境に身をおく彼女を、守ってくれますようにと。





長い長い時間をかけてそう願いを込めると、アレンはゆっくりとそれを彼女の首にかけた。
起こさないように、大切なものを真綿でくるむように、そっと。
素肌に触れた石の冷たさに彼女はぴくりと反応を示したが、幸い、起きることはなかった。
それに微笑みと共に安堵の息をもらすと、アレンはもう一度、彼女の胸元にある石を掬い取った。
神聖な儀式のように、それにゆっくりと口付けると、そのまま彼女の額にもそっと唇を落とした。
そして優しい手つきで髪をなでる。
さらさらと指先から零れ落ちていくそれを、切なそうに見つめて


「ずっと傍で守ってあげられなくて・・・ごめん。」


ぽつりと囁くように呟くと、そっと彼女から離れた。
音も立てずドアまで歩いていくと、ドアに手をかけ、ふっと振り向く。
変わらず健やかに眠る彼女と、その胸元で静かに光るそれを見て少しだけ微笑むと、アレンはゆっくりとドアを閉めた。





ゆっくりと遠ざかっていく足音が消える頃、閉じられたの瞳から一筋、涙が流れた。

それを、彼から最も大切な使命を受けた石だけが見ていた―――










***
今回使わせてもらった石は「エンジェライト」といいます。
うっすらと雲の膜がかかった空のような色をしています。
こんなの↓


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