「うわぁぁん、また失敗だーー!!」
私は厨房の台をバーンと叩くと、そのままずるずるとくず折れた。
私の目の前にあるのはたった今完成したばかりのチョコレート。
明日・・・というかもう今日か。とにかく、もうバレンタインなのだ。
私がいた国では、バレンタインといえばチョコ。チョコで好きな人に愛の告白をするのだ。
そしてそれは手作りのほうがポイント高し。つまりは成功率が高くなる。らしい。
まぁ私の場合は告白なんてせずとも意中の人はすぐ隣にいてくれるから、関係ないといえば関係ないのかもしれないけれど。
恋人関係の場合でもバレンタインに意味がなくなるわけじゃなくて。
むしろ、いろんな意味でプレッシャーはかかるわけで。
「どうしよう・・・これじゃあ渡せないよ〜・・・。」
「そうかしらん?上手く出来てると思うんだけど・・・」
深〜いため息と共に呟いた私に、ジェリーさんが困ったような顔でそう言う。
事情を説明したら快く厨房を貸してくれ、なおかつご指南までしてくれた女性の見方、ジェリーさん。
女人口が少ないこの教団では、私にとってとても嬉しく、頼もしい存在だ。
あのサングラスの向こうが非常に気になるところだが、それはまぁ今回は置いておいて。
「ダメなんです。こんな普通のやつじゃダメなんです。もっとおいしいのじゃないと・・・負ける〜〜・・・。」
「負ける?」
誰に?と首を傾げるジェリーさんに私はうるうると潤んでしまった目を向けた。
低い声でうなるように呟く。
「・・・リナリーに。」
「リナリーちゃんに?」
「だって・・・リナリーお料理とかお菓子作り上手なんですもん。」
低い声でそう呟きながら、私の脳裏には昨日のアレンとリナリーの会話がプレイバックされていた。
「アレン君、バレンタインの日、お菓子作るんだけど、食べる?」
「ほんとですか!?是非、頂きます。」
「よかった。じゃ、頑張って作るね。」
「はい、楽しみにしてます。」
ばったりうっかりそんな会話に出くわしたそのときの私の気持ちは・・・もう思い出したくない。
「分かってます。分かってますよ。リナリーのお菓子は義理だってことぐらい。でも・・・でも、例え義理でも、味がよければ全てよしなんです、アレンの場合。」
リナリーのアレンに対する気持ちは大切な仲間とか、友達とか、そういった感情だとは分かっている。彼女が作るのは義理で、私が作るのは本命で。中にこもっている気持ちには明らかに差があるけれども。
食べ物は、美味しくてなんぼなのだ。食べることに目がないアレンの場合は、その法則は何倍にも膨れ上がる。
例えこもっている気持ちは負けなくとも、味で劣れば意味がない。
「私は、一番美味しいって言って貰いたいんです・・・。」
きっと聡いアレンなら気を効かせて言ってくれるかもしれないけれど。
私が欲しいのは、そんなこちらを気遣って言ってくれる言葉じゃなくて、本心で、心から一番美味しいって言ってもらいたいのだ。
だからこそこうして寝る間も惜しんでがんばってはいるのだけど、もうタイムリミットは刻々と近づいてきていて・・・
こんなんじゃ満足なんて出来やしない。でも、時間もない。
「あぁもう、絶対無理!!」
「何が無理なんです?」
「だからそれはチョコ・・・って・・・へ?」
突然ふっと視界が暗くなったかと思うと、降ってきた声。
聞き覚えがあるけど、ここではあんまり聞きたくないよーな・・・声・・・
「あ、アレン!?」
がばぁっと身を起こして立ち上がり、振り返ると、相変わらずにこにこと笑みを浮かべているアレン。
それはそれでいつも通りで大変結構なのだけれど、でもここは・・・
「ここ・・・厨房だよ・・・?」
「知ってますよ。甘いにおいがするんで来てみたら、ジェリーさんが入れてくれました。」
その答えにジェリーさんの姿を探したら、さっきよりすこーし離れたところに佇み、白々しくあさっての方を向いているジェリーさんがいた。
「・・・ジェリーさん・・・。」
「あらん、いいじゃない。アレン君にあげるものなんでしょう?」
「だからって・・・!」
まだ完成ってわけじゃないからこれをあげるって決まったわけじゃないのに・・・。
ちょっと近くでジェリーさんに文句を言ってやろうと彼(彼女?)の元へ足を踏み出した瞬間、
「これ、が作ったんですか?」
「え・・・?ってちょっと、わ、食べちゃだっ・・・!」
食べちゃ駄目!と言いかけた口は途中で効力を失った。
そのときにはもう時すでに遅しで、台の上に散らばっていたチョコのかけらはアレンの口に吸い込まれていて。
もぐもぐと食べているアレンを、私は口をパクパクさせながら見守ることしか出来なかった。
「・・・美味しいですよ。すごく。」
「・・・ほんとに?」
「はい。今まで食べた中で一番美味しいです。」
そう言ってにっこりと笑ったアレンに、私はしばしほーっと見とれる。
けれども、すぐにぷるぷると首を振ると、ぽっと火が灯るように出た満足感をかき消した。
忘れてはいけない。彼を英国紳士と言わしめるほどの配慮の深さを。
「・・・私のより美味しいチョコなんて、この世にいっくらでもあるわよ。」
「?」
「そこら辺に売ってるチョコとか、リナリーの作ったお菓子のほうが、よっぽど美味しいわよ。」
顔をそむけながらそういうと、アレンはすっと黙り込んでしまった。
考え込むように口元に手を添えているアレンを目の端で捕らえながら、今言った言葉を後悔していた。
(なんて可愛くないんだろう)
せっかく美味しいといってくれたのに、自分が一番欲しい言葉をアレンは言ってくれたのに。
私が返した言葉といったら・・・
(もうやだ。ここから今すぐにでも逃げ去りたい・・・)
可愛くない自分をここまで怨んだことはなかったかもしれない。同時に、どうしようもないほどの自責の念に駆られた。
(謝らなきゃ・・・。アレンに、謝らなきゃ)
こんなこと言ってごめんなさいって、謝らなきゃ。ホラ、今すぐに。
ぐるぐるとそんなことを考えていた私は、アレンが思いついたように顔をあげたことに気づかなかった。
「じゃあ・・・試してみます?」
「え・・・?ん!?」
すぐ傍で響いた声に顔をあげた瞬間、口をふさがれた。
柔らかくて暖かい感触。驚きに目を見張ると、すっと細められた目と目が合った。慌てて目を閉じる。
いつもとは違う、長い長いキス。
それと同時に、口の中に広がる甘いチョコの味。
開放された瞬間、私はその場にずるずるとくずおれてしまった。
「ほら・・・ね?甘くて一番美味しいでしょう?」
そう言って笑顔で覗き込んでくるアレンを私は涙目で睨んだ。
だってずるい。こんな不意打ち。
馬鹿な考えとか、変なこだわりとか、もんもんと悩んでいたことを全部彼方へ吹き飛ばしてしまうんだから。
ほんとに、ずるい。
今だって、答えは1つしか与えてくれない。
「甘すぎよ・・・ばかぁ。」
悔し紛れにそういう私を、アレンは楽しそうに見ていたのだった。
***
あ、穴・・・どこかに穴はありませんか・・・もういっそ埋まりたいです。
うわぁぁ甘すぎなのはお前たちだーーーー!!!と叫びつつ逃げたいです。
というわけで、バレンタイン夢でした。皆様ハッピーバレンタイーン。
・・・では、さよなら(ダッシュ)
close