「おい。」
突然後ろから声がかけられて、私は驚いて立ち止まってしまった。
Birthday
まさかこの声に呼び止められる日が来るとは思わなかった。いつもは私が呼び止めてばかりだったのに。
「な・・・なに?」
怒られるのかと思わず防御体勢をとってしまうのはもはや仕方ない。
振り向けば、相変わらずの不機嫌顔。せっかくの綺麗な顔がもったいない。
そう思っているうちにいつの間にやら彼・・・神田は私の目の前にいて。
いつの間に・・・と驚いているうちに腕をがしっと掴まれ、
「・・・ちょっと来い。」
いや来いもなにもこれじゃあ逃げるにも逃げられないんですが・・・と思いつつ、ずるずると引きずられていったのだった。
***
「ねぇ・・・どこまで行くの?」
「うるせぇ。黙ってついて来い。」
「さっきもそう言われてすでに久しいんですけど。」
「・・・。」
無視ですか。そうですか。
諦めのため息をつきながら、私は依然掴まれたままの右手に視線を落とした。
逃げようとは思わない。むしろこの状況はとても嬉しい。
さっきからしきりに行き先を尋ねるのも、連れて行かれる場所が分からなくて不安なんじゃなくて、ただ会話をしたいから。
ほんのりと伝わってくるぬくもりに緩む顔を隠そうと下を向いたとき、神田の歩みが唐突に止まった。
「わぷっ!」
気づかなかった私は盛大に神田の背中に突っ込んだ。
ぶつけた鼻を押さえつつ、着いたのかな?とひょこりと背中から顔を出すと、
「う・・・わぁ・・・。」
ざぁっと風が鳴った。
うっそうと茂っていた木々を抜け、少し開けたその場所。
そこには底まで容易に見えるほど透き通った水を滾々と湛えた泉があった。
木々の間から零れる陽光を鏡のようにきらきらと反射していてとても眩しい。
そしてそれは風が吹くたびに様々にいっそう輝いた。
「綺麗・・・。」
思わず感嘆の呟きを漏らしてしまう。
それほどにある種の幻想的な風景がそこには広がっていた。
まるで一つの完成された絵のような。
人の踏み込むことを静かに受け入れるような優しい雰囲気とは裏腹に、どこか近寄りがたい、汚せない雰囲気を持つ場所。
それでも、見ているだけで心が凪ぎ、安らげる。心のおりも全て拭い去ってくれるような心地よさ。
ホームからさほど離れていない場所にこんなところがあるなんて、思いもしなかった。
「もしかしてこれを私に見せるために、ここまで連れてきてくれたの?」
そうちょっとした確信を込めて聞けば、とたんに少し眉を寄せる彼。
私の問いかけに無言で踵を返すと、すたすたと元来た道を歩き始めた。
「ちょ、待ってよ!」
「・・・誕生日なんだろ。」
「え・・・?」
慌てて小走りに追いつけば、ぽつりと呟かれた言葉。
口調は相変わらずぶっきらぼうだったけれど。
その一言に、思わず目を見開く。
「まさか・・・誕生日・・・プレゼント・・・?」
呆然とそう呟けば、小さな舌打ちと共に神田の足が速まった。
置いて行かれまいと慌てて走る。
リーチの差か、哀しいながら小走りじゃないとなかなか追いつけない。
「ちょ、神田・・・速い!」
そう言えば少しだけ速度が遅くなった。
私はほっとして走るのをやめる。
やっぱりリーチの差は痛い。
今度は逃げられないようにと、コートの裾を握り締めた。
それに気づいた神田が眉を寄せて文句を言おうと少し振り向いた瞬間。
「ありがとう!」
目線をしっかりととらえて、最高の笑顔と共に。
お礼の言葉くらい、目を合わせて言いたいじゃない?
面食らったような少し間の抜けた彼の顔。
けれどすぐに我に返ると、今度は盛大に舌打ちしてまたすたすたと歩き出してしまった。
でも、今度はコートを握っているから置いてかれるなんてことはない。引かれるようにして歩き出した。
これに対して何も言われないということは、受け入れてくれたということだろうか。
そんなことにも小さな幸せを覚えて、私たちは元来た道を辿り帰ったのだった。
***
琉羽ちゃんへ。お誕生日おめでとう!
神田が偽者のような気がして、文才も追いつかなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいですが。
受け取っていただけたら嬉しいです。もちろん返品可ですので。
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