いつの間にか当たり前となったものは、過ごした年月と比例して増えていくもので。

それは暗黙の了解。知らず知らずに悟ったもの。





あなたと私。

この距離を決めたのは、どっちだと思う?





distance





ふっと意識が浮上した。

薄ぼんやりとした意識と、重い体をもてあましながら、はぼんやりと天井を見上げた。
また窓の外は暁の兆しも見せず、闇に包まれ静まり返っている。
虫の声すら聞こえないのだから、まだ夜中だろうか。
どうしてそんな時間に目が覚めたのか。分からないまましばらくぼうっとしていると、不意に小さな声が響いた。
その声の主は、寝起きで働きの鈍い頭でも瞬時に理解できた。

アレン、だ。


私は重い体をできるだけ素早く起こし(といっても緩慢なものだったが)、ドアを開ける。
開けた視界の先、小さく私を呼んだ彼は、大きく目を見開いて、信じられないと言うような顔をしていた。


・・・起きてたんですか?」

「・・・ううん。今さっき偶然起きたの。」

「・・・起こしちゃいましたか。」


いつもより覇気のないぼやけた声に起きた原因を自分だと思ったのか、スミマセン。と申し訳なさそうな顔をするアレン。
私はゆっくり首を振って、彼を部屋の中へ招き入れるべく体をずらした。
でも、いつもはお邪魔しますと言って入ってくるのに、今日は俯いたまま立ち尽くしている。


「・・・どうしたの?」

「いえ、その・・・。」


歯切れ悪く言いよどむ彼に言いたい事を何となく察して、私は招き入れるのを諦めた。
彼の前に立って、彼を見上げる。

私の視線に耐えかねたのか、ふいっと彼が視線を逸らした。
私はそれを責めることもなく、ただひたすら、彼自身が口を開くのを待つ。


強制はしない。してしまえば、彼はなんでもないと、拒んでしまうから。





長く長く、長すぎる沈黙。





ふいに空気が動いた。
強い力で引き寄せられる。
気づけば、私は彼に抱きすくめられていた。

いや、違う。抱きすくめられてるんじゃない。
この力の強さは、そう、しがみつかれてるとか、そういった表現のほうが合ってるかもしれない。
息が詰まるほどに強い力。
いつもの優しく包み込むようなそれとは、まったく違うもの。


・・・っ!」


ただ私の名前を絞り出すような声で呟く。

ただ、それだけ。

彼は何も言わない。何があったかなんて、どうして苦しんでいるのかなんて、何も言わない。
そして私も、何も聞かない。
それがいつしか私たちの間の暗黙の了解。
でも私はそれがいけないとは思わない。
だってこれは、彼なりの甘え方だと分かっているから。
どうしようもなく不器用で、そしてどうしようもなく弱い彼の、精一杯の頼り方だと、知っているから。
だから私はただ、何も聞かず、何も言わず、彼に抱きしめられることしか出来ない。


それしか、出来ないのだ。


抱きしめたいと願う腕を押しとどめ、私はひたすら、彼が動くのを待った。





***





小刻みに震えながらしばらく私を抱きしめていた彼は、うっすらと空が白み始めた頃、ようやく少し力を緩めた。
そのまま離れていきそうになる体を、そのとき私ははじめて抱きしめるように腕を回す。
はっと息を詰める彼を無視して、自分に出来るだけの力で、今度は私が抱きしめる。
一瞬逃げるように身をよじったが、私がさらに力を込めると、諦めたのか大人しくしてくれた。
私の非力な力なんか簡単に振りほどけるだろうに。
口の端だけで音もなく笑んで、私はゆっくりと目を閉じた。


何も言わない。何も聞かない。何も、聞けるわけがない。


これがあなたの望んだ距離。
これが私の悟った距離。


何も言わないのはあなたの優しさと、強さと、弱さで。
何も聞かないのは私の保身と、ずるさと、弱さで。


ねえ、アレン?





あなたが全てをさらけ出すには、私はまだ力不足ですか?










***
一度決められてしまった距離を、縮めたり、離したりするのは、きっとそのままでいるよりずっとずっと難しいこと。
そんなふうに思います。


*某日メッセで語り合ってくださった羽架様に、元ネタ提供のお礼として差し上げます


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