さくさくと降り積もったばかりの雪を踏みしめながら歩く。
会話はなかった。できるような雰囲気でもなかった。
ただ機械的にさくさくと足跡を刻む。

さくっと音がして、ぱたりと音がやんだ。
頬さすような冷たい風が吹き抜けていく。
その中を、白い鳩のようなゴーレムが飛んでいった。
まっすぐに、立っている崖の眼下に見える白く染まった木立の向こうへと。
ようやく来たよ。とアレンは静かに心の中で呟いた。

ようやく、迎えに来たよ・・・―――





誓いの儀式





白いゴーレムに導かれるように、一行は迷いもなく木立の間をすり抜けていった。
耳に痛いほどの静寂。まるで、雪に音という音を全て吸い取られてしまったかのようだ。
どこを見回しても同じような景色ばかりで、方向感覚は愚か、時間の感覚までをも狂わされるような錯覚を覚える。
平和と言えば聞こえがいいが、そうではなく、どこか時間が止まってしまっているような、そんな不思議な空間。
それが突如終わりを告げたとき、一行は全員息を呑んだ。

空気が、変わった。
無残になぎ倒された木々、折れた枝。倒れた木々には所々焦げた跡がある。
それらはここで何者かが争ったあとなのだと、無言のうちに伝えてきていた。
心当たりのある彼らは一様に顔を強張らせ、その惨状を息を詰めて見回す。
尋常ではない有様だった。それらは争いの激しさを如実に物語っていた。


「・・・・・・?」


ふいに、先頭を歩いていた少年がそう呟いた。
仲間が聞き返すのを待たず、彼は駆け出す。この惨状の一番激しい場所へと。
彼が目指すその場所には、木の茶と雪の白のほかに、赤いものが見えた。
それを認識したとたん、各々息を飲み、立ち尽くす。
動かない足を無理やりにでも引きずって、彼らは黒いコートを着た少年のあとに続いた。


「・・・・・・。」


まるで、眠っているようだった。
眩しいほどの白の上に散った赤い色さえなければ、こんなところで寝て。と呆れ半分に言う事ができたのに。
とさっとかすかな音を立てて、少年―――アレンは彼女の傍らに膝をついた。
じっと、捜し求めていた彼女の顔を見つめる。
ためらうように差し出された手は、少し震えていて。
それでも何度も何度もためらいながら、アレンはゆっくりと彼女の頬に触れた。

冷たい。
あのときは、あんなにも暖かかったのに。

くしゃりとアレンは顔を歪ませた。
目に滲むものを感じて、咄嗟に目を瞑ってやりすごす。
決めていた。
彼女の前では、決して涙は見せない、と。


「・・・っく・・・っ。」


それでも、どんなにきつく目を瞑っても唇を噛み締めても。
現実を目の前にした衝撃は、決意を簡単に凌駕してしまうもので。
ぽたりと零れてしまった涙が、少しだけ地面の雪を溶かした。

あぁ、情けない。これじゃあ、彼女を安心させることなんてできやしない。

これ以上は流さないようにしようと必死に堪えながら、アレンはそっと彼女の体を抱き起こした。
ぐったりと力の抜けた彼女の体は、思ったよりも軽くて、冷たくて。
それにまた涙が滲みそうになる。その衝動をギリギリのところで耐えながら、アレンは抱き起こした彼女の顔を覗き込んだ。
その顔には涙のあとがうっすらと残っていた。
ふと、ゴーレムによって託された声が蘇る。

そういえば、泣きそうな声で話してたっけ。

アレンはそう心の中で腕の中の少女に語りかけた。
いつも泣かなかった君が、あのときだけは泣いていた。それは、それだけ自分を想ってくれていたのだと、とってもいいだろうか。

ぱたりと冷たい彼女の頬に暖かな雫が落ちた。
それが最初何か分からなくて、一瞬遅れてそれが自分の目から零れ落ちたものだと気づく。
せっかく堪えていたのに。と頭のどこかが冷静に言う。
ぱたぱたっと何粒も涙が彼女の頬をぬらす。それはまるで彼女が泣いているようだった。

(彼女を泣かせたらいけない)

咄嗟にそう思い、アレンはぐっと顔をあげた。何度も何度も深呼吸をして、波が寄せるように襲ってくる衝動を堪える。
泣かせたらいけない。そんなことのためにここへ来たんじゃない。
何度も何度もそう言い聞かせて、喉の奥の塊を押し戻した。
伝えたいことがあるんだ。僕には彼女に伝えたいことがあるんだ、と。


・・・。」


そっと、彼女の名前を呼ぶ。声が少し震えてしまったけれど、この際無視することにした。
ゆっくりと頬をなでて、冷たくなった涙をぬぐう。そしてふわりと包み込んだ。
だんだん、自分の体温が彼女に奪われていくのが分かる。それでも決して暖かくはならない彼女に、また胸が少しだけ痛んだ。


「ゴーレムに託してくれた言葉・・・聞きました。びっくりしたよ。君がゴーレムを使うなんて、初めてのことだったから。」


ゆっくりと、穏やかに話しかける。不思議と、さっきまで感じていた胸の痛みや去来する喪失感はなかった。


「いつも僕は君に助けられてばかりでしたね。自分では強くなったと思ってたんだけど・・・そうじゃなかったみたいだ。僕はまた、過ちを犯してしまうところだった。」


数日前のあの感覚を思い出す。無意識に浮かんだ可能性に、僕はまたすがろうとしてしまった。それが例え一瞬でも、僕は自分が許せなかった。


「生きるよ、。僕は、君の分まで生きてみせる。そしてきっと、君に平和な世界を見せてあげる。」


それはあの日、君を想って泣いたあと、僕が誓ったことだ。
生きて生きて、君が目指した世界を、僕が代わりに叶えたい。





「・・・愛してる・・・。」





そう呟くと、アレンはそっとの唇にそれを重ねた。
それはまるで神聖な誓いの儀式のようだった。
その様子を見ていた人たちは皆一様に目を伏せ、静かに十字を切った。

唇を離し、アレンは穏やかに笑いかけた。


「さぁ、一緒に帰ろう―――。」










***