夜は長い。
そしてやることがない。
だから、無意味に何かやりたくなる。
例えば本を読んだり、昔聞いた歌を口ずさんでみたり。
それでも時間の流れはいやに緩慢で。


「・・・飽きた。」


手元の本から顔を上げて、は不機嫌そうに呟いた。





take a risk





「・・・はい?」

「飽きたの、本を読むのに。というか、この退屈な時間全てに。」

「・・・はぁ。」


私に付き合って本を読んでいたアレンが生返事とともに本を横に置いて体ごとこちらに向き直り、じっと私を見つめる。
これはアレンの傾聴のサインだ。
どうやら私の言い分をしっかり聞いてくれるらしい。
ほんとに、根っからの英国紳士と言うか、ただ優しいのか。
いつだって、私はその優しさに甘えてしまう。


「ねぇ、ゲームしようよ。」

「ゲーム・・・ですか?」

「そう。」


きょとんとして首を傾げるアレンをちょっと可愛いなぁと思いながら、私は首肯する。


「丁度私の部屋にトランプがあるの。ポーカーでもしよう。」

「ポーカー・・・。」

「そう。・・・いや?」

「いえ。いいですよ。やりましょうか。」

「ありがとう。じゃ、ちょっと待っててね。」


にっこりと笑って私は部屋を出た。
だから、そのあとのアレンのセリフは聞くことはなかった。


「ポーカー・・・か・・・。」


という、意味ありげな声音の言葉を。





***





「お待たせ!さ、やろやろ。」

「いいですよ。」


足早にトランプ片手に戻ると、アレンが部屋を片付けて待っていてくれた。
ちょうどいい机がなかったため、仕方なく私たちは床に座ってやることにした。
私の手からトランプを受け取ったアレンは、いやに手馴れた手つきでトランプをシャッフルしていく。


「ねぇ、アレン。もしかしてアレンってポーカー得意?」

「え、・・・うーん、どうでしょう。は?」

「私はあんまり。運がなくって。」


肩をすくめて残念そうに言うと、アレンが楽しそうに笑う。


「まぁ、とにかくやってみなければ分かりませんから。」

「確かにね。」


負けないわよ。といたずらっぽく笑えば、アレンもこっちだって負けませんよ。と笑う。
そんな和やかな雰囲気で私たちのポーカー勝負は開始された。





***





「・・・おかしい。」

「え、何がですか?」


が釈然としない顔と声で呟いた。
それはちょうど5回目の勝負が終わり、6回目の勝負のためにアレンがさくさくとカードを配っているときだった。
手を止めてきょとんと見上げてくるアレンを横目で見つつ、は今までの勝敗を振り返ってみた。
現在のところ、自分の勝敗は4勝1敗。普通なら喜んでいい結果だ。
でも、にはどうも引っかかる部分があった。

親は僕がやりますよ。と率先してやってくれたアレン。
自分はトランプに不慣れでもあるし、お言葉に甘えたはいいものの、なんか仕組まれているような気がしてならない。
新たに配られたカードを見て、または眉をひそめる。

(またいいカードがある・・・)

この3回と言うもの、ずっと何かしら役がそろっているのだ。
欲張らなければ、カードを交換する必要がないくらい。

(しかも負けた1回ってのは私がカード配ったときだし・・・)

1度くらいは親をやらせてと言ってやった回だけ負けたと言うのも気になる。
それは、自分がポーカーが下手だ、もしくは勝負運がないという何よりの証拠だ。認めるのは空しいけれど。
そんな私が、こんなトランプの扱いに長けているアレンに3連勝なんてありえない。

仕組まれでもしない限りは。


「ねぇアレン。・・・手加減してない?」

「え・・・なんでですか?」

「いや・・・なんとなく・・・。」


疑ってはいるものの、流石に本人に面と向かって言えるわけはなく。
あやふやに言葉を濁した私に、アレンの捨てられた子犬のような、不安そうな瞳で覗き込んできた。
言外に僕は信用されてないんですか?と問いかけているようなその視線に、私が堕ちない筈はなく。


「・・・やろうか。」

「はい。」


疑いは晴れないまま、6回目の勝負が開始されたのであった。





***





10回目の勝負が終了し、私は一時休戦と宣言し、飲み物をもらってくることを口実に、部屋を出ていた。

(絶対おかしい・・・)

私は一人もんもんとしながら廊下を歩いていた。
現在の戦況は7勝3敗。あれから負けの確率が上がったものの、今の私には誤魔化しの工作のように感じられる。
ずっとアレンが親をやっていたから、なおさら。
何とかはっきりさせたいのに、どうしても決定的な質問が出来ない。証拠だってもちろんない。
あの子犬のようなアレンの瞳には、どうしても弱いのだ。


「あれ、じゃん。どうしたんさ、そんな難しい顔して。」

「・・・ラビ・・・。」


顔を上げると、廊下の向こうからラビがひょいひょいと近づいてきた。
のん気に笑う彼に、私はマシンガントークで事の次第と、自分の考えを語る。
それに返ってきたラビの言葉は、私の疑いを確定付ける証言だった。





***





(信っじらんない!!)

ラビと別れた私は、怒りのあまりだかだかと足音を響かせながら、アレンの待つ部屋へ向かっていた。
頭の中にはさっきのラビのセリフが延々と渦巻いていた。
曰く、

『あぁ・・・あいつ、プロだからなぁ・・・。』


(信じらんない信じらんない信じらんない!!)

ラビのこのセリフを聞いてはっきりとした確信が持てた。
つまり、アレンは手加減していたのだ。私に対して。
アレンのことだから、あんまり強くない私に少しでも勝たせてあげようとしてくれたのだと思う。
その優しさと配慮はとても嬉しい。ほんとに嬉しい。
でも、勝負はイーブンでいきたい。
勝たせてもらっている身分で我侭かもしれないけれど、それでもアレンにも全力で戦ってもらいたいのだ。

でもきっと、アレンはそんなことしてないと白を切るだろう。
だから、「工作しないで」なんて面と向かってはいえない。
それなら・・・。

私はひとつの決意を胸に、部屋のドアを開け放った。


このとき私は自分の考えの甘さに気づいていなかった。





***





「アレン、これを最後の勝負にしよう。」

「え、もうやめちゃうんですか?」


戻ってきた私の開口一番の言葉に、アレンはきょとんとし、少し困惑したように聞き返してきた。
私はそれに大きく頷く。


「そう。だから最後に、賭けをしよう。」

「・・・賭け・・・ですか。」


私の言葉をかみ締めるように口元に手を当て、考え込むような体勢でアレンが呟く。
それにまた頷いて、私は賭けの内容を説明した。
説明したと言っても、簡単だ。

“負けたほうが、勝ったほうの願いを1つ叶える”


「・・・いいですよ。」


かなりの沈黙の後、にこやかな笑みで言われた言葉に、私は内心ガッツポーズをした。


「よし。じゃあ最後だから私が親をやるわ。ずっとしてもらってたから。」

「かまいませんよ。どうぞ。」


工作をされたらイーブンな勝負が出来ない。親を自分がやれば、工作の機会を奪うことが出来る。
そう考えて、私は親をかって出る。そして、思いっきりカードをシャッフルしまくった。
これでアレンとイーブンな勝負が出来る。そう思うと、わくわくしてきた。自然に笑みが浮かぶ。やっぱり勝負事は対等でなくっちゃ。

あとになって思えば、私はアレンをなめていたんだと思う。
そして見落としていたのだ。「いいですよ」と言ったアレンの瞳が、いつもとは違った色に燃えているという事に・・・。





***





勝負は一瞬でついた。

出された手札に、私はしばし呆然とした。信じられなかった。


「ロ・・・ロイヤルストレートフラッシュ・・・?」


綺麗にそろった数字とスート。しかもそのスートはご丁寧にスペード。

最強の役だ。・・・勝てるわけがない。


「僕の勝ちですね。」

「ちょっ・・・まっ「待ったなしです。」


にこにこと笑いながらも言葉には逆らえないような凄みがあって、私は思わず言葉を引っ込めてしまった。
まさか、こんなに強いとは・・・というか、おかしい。
この役は649,740回に1回の確率でしか出ない幻の役だ。
都合がいい。よすぎる。はっきり言ってありえない。
工作の機会は潰したはずなのに、どうして・・・?
そこで私はふとラビの言葉を思い出した。嫌な予感がする。
まさか、プロって・・・


「まさかイカサ・・・「。」・・・はい。」


静止するような声音と、笑顔ながらどこか寒気を感じさせる瞳に射抜かれて、私は咄嗟に言葉を飲み込んだ。


「なにはともあれ、僕の勝ち・・・ですよね?」

「いや、でもこれは流石におかし・・・「。」・・・はい。」


強められた声音にまた言葉を飲み込むと、それを見届けたアレンがこれ以上ないほどの笑みを浮かべた。


・・・賭け事の世界って、勝ってなんぼの世界なんですよ。」


僕たちが交わしたのは約束じゃなくて賭けなんです。だったら、結果が全て・・・ですよね?

そう言って笑ったアレンは、この上ないほど晴れやかな表情だった。
そして、どこまでも恐ろしさを感じさせる笑みだった。
私はこのとき、やっと自分の認識の甘さに気づいたのだった。


「さて、どんなお願いをしましょうか・・・。」


わざとらしく口元に手を当てながら考え込むアレン。
ちらりと向けられた視線に、私はぴきっと硬直した。
寒気にも似たいやな予感が背中を這い上がってくる。


「そんなに怖がらないでくださいよ。」


そう言って苦笑を浮かべるアレンに、私は内心で「怖がらずにいられるか!」と叫び返していた。
でもそんなこと言わない。言えない。言えるわけがない。
言ったらどうなるか・・・今の彼では想像がつかない。
・・・いや、ある程度想像はついている。・・・きっとろくなことにはならない。
無言で震える私を見、アレンははぁとため息をついた。


「・・・仕方ないですね。じゃあキス1回で勘弁してあげます。」

「はいぃ!?」


仕方ないとはなんだ仕方ないとは!しかも妥協してそれならいったい何を要求するつもりだったの!?などなど追求したいことは次から次へと思い浮かんでくるのだが、今はそれどころじゃない。


「い、嫌よそんなの!」

「賭けを言い出したのはですよ?しかもそのときに“何でも”って言ってたじゃないですか。」

「・・・・・・・・・・・・・・・言った?」

「言いました。」


・・・そうだったかしら?
言ってないような気がするのだが、これだけ自信満々に言い切られてしまうとそんなことも言ったような気が・・・す、る?
うーんと頭を悩ます私に向かって、アレンは不満そうに呟いた。


「駄目ですか?」


これでも妥協したのに・・・とすねたように口を尖らせるアレン。
可愛い・・・これはこれでものすごく可愛いのだが、哀しいかな今の私にはそう思う余裕がない。


「でも嫌なの!嫌なものは嫌!」

・・・そんなに僕のことが嫌いなんですか・・・?」

「・・・はぁあ!?」


なんでそうなる!?と素っ頓狂な声をあげたが、次の瞬間アレンの顔を見て絶句した。
そこには捨てられた子犬がいた。しかも、その寂しそうな不安そうな瞳にはうっすらと涙までたまっている。
正直、めちゃめちゃ可愛い。思わずくらっとくるくらいに。
でも、騙されてはいけない。今のアレンは羊の皮を被った狼。天使に見せかけて実は魔王なのだ。

(あぁ、でも・・・!)

私は思わず席を立ち、よろよろと後ずさりした。
そのおかげでアレンは私を見上げることとなり、ますます可愛さに拍車がかかった。


「〜〜〜〜っ!!」


耐えられなくなった私は、素早く身を翻し、ドアへと走った。
このままここにいたら、間違いなく流されてしまいそうだった。

勢いよくドアを開け、いざ廊下へ!と思った瞬間、ぐいっと強い力で後ろから引っ張られた。
全く予想外のことに、なすすべもなく後ろへと倒れこむ。
思わず目を閉じて身を強張らせた私が感じたのは、柔らかいような硬いような、でも暖かい感触。
一瞬その気持ちよさに意識を奪われたが、ばたんと閉まったドアの音に、一気に現実へと引き戻された。
ぱちっと目を開いた先には、無情にも閉まってしまったドア。
そして背中に感じるのは間違いなく人の気配と感触。誰かは見なくたって分かる。
いつの間に。


「どうして逃げるんですか?」

「に、逃げてなんか・・・!」

「逃げてるじゃないですか。」

「そ、その前に・・・み、耳元で喋るのやめて・・・!」


狙ったように耳元でささやかれる言葉に、私はたまらず小さな抗議をしてみる。
が、返ってきたのはくすりと言う笑いと、心底楽しそうな声だけだった。


がちゃんとキスしてくれたら放してあげますよ。」

「だからイヤだって・・・!」

「キスしてくれるまで、離しません。」


(・・・ガキかこいつ・・・!)

と内心で悪態をついてから、そういやまだ15だっけと思い出す。
くそう、思いっきり子供だった・・・!
が、いくら子供といえどあんまりといえばあんまりのこの態度に、さすがに辟易してきた。
がっちりと拘束してくる腕は、本当にキスをしないと離してくれそうにない。

(こうなったら腹をくくるしかないのか・・・。)

私はついに決心を固めた。
無理やり体をひねると、アレンの唇に触れるだけのキスをする。
驚いたアレンが一瞬だけ力を抜いたその瞬間に、渾身の力で回されていた腕を振り払った。
その勢いのまま、素早くドアの向こうへ逃げる。


「ちゃ、ちゃんとお願い聞いたからね!守ったからね!!」


一瞬止まって、ちょっとだけドアを開けてそう言い放つと、あとはもう全力ダッシュでその場を離れた。
赤くなっている顔を自覚しながらも必死に否定しつつ、とにかく走った。
もう、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
わき目も振らず自分の部屋に駆け込むと、内側からしっかりと鍵をかけた。
そうでもしないと、安心できなかった。
そしてベッドに倒れこむと、恥ずかしさを爆発させるように思いっきり暴れた。
暴れて暴れて、ぱったりとベッドに沈んだ。


「・・・もう絶対アレンとはポーカーしない・・・!」


っていうか勝負の類は絶対にしない!と心の底から誓ったのだった。





***





その頃、にまんまと不意打ちを食らわされ、逃げられたアレンは・・・
しばらく呆然としていたが、まだ余韻の残る唇にそっと触れ、少しだけ顔を赤らめると、小さくくすくすと笑い出した。


「可愛いなぁ・・・。」


これだからやめられないんですよ。とが出て行ったドアを見つめ、心底楽しそうに笑ったのだった。










***
やばい、途中ヒロインがへんt(殴)・・・ごめんなさい。
それにしても黒いアレン様を目指してみたんですが、どうも何かを間違えている気が・・・。
それにしても意味不明な話になってしまいました。細かい矛盾点には寛大なお心をもってスルーしてくださると嬉しいです・・・(平伏)。

おまけ↓





「ラビーーー!!あんた重要な一言わざと言わなかったでしょう!?」

「な、なんのことさ、・・・。」

「あれじゃあプロはプロでも“イカサマのプロ”じゃない!あんた絶対知ってたでしょう!知ってて言わなかったんでしょ!?」

「お、落ち着けって・・・。」

「これが落ち着いていられますかーーーー!!!」

「頼むから落ち着けって・・・ぐえ、苦し・・・っ!」

みたいなことがあったんです(ごめんよラビ。私がアレン以外唯一書けるキャラなばかりにこんな・・・ほろり)。


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