最近よく聞かれる言葉
“とアレン君って、ほんとに付き合ってるの?”
これに私はいつも苦笑だけを返す。
肯定も、否定もしない。
否、出来ないのだ。
その答えは、私の中にも存在しないものだから
ねぇ、アレン?
あなたにとって、私はどんな存在ですか?
squall
ふと、風に当たりたくなって1人で外に出た。
少し湿った風が乱暴に頬をなで、髪をなぶる。
暴れる髪を風上に向くことで後ろに流しながら、私は知らず知らずに重いため息を吐いていた。
私の心を重く沈ませるのは、さっきも問われた悪気のない言葉。
“とアレン君って、ホントに付き合ってるの?”
その言葉を聞くたび、小さなとげが突き刺さる。
“ほんとに、付き合ってるの?”
「・・・そんなの、私が知りたいよ・・・。」
苦笑交じりに呟いた言葉を、突然の雨がかき消した。
いつもいつも不安になる。
彼女なのかどうかじゃない。
それよりもっとずっと以前の問題。
私は本当に、彼に存在を認められているだろうか。
私は本当に、彼の傍にいていいのだろうか。
傍にいることに、意味はあるのだろうか。
いつもいつも不安になる。
私は、彼に必要とされているのだろうか。
愛されてるかどうかは、この場合あんまり問題じゃない。
それ以前の、問題だから―――
恋人というレッテルが貼られても、何も変わらない。
確かに、見た目的には近づけたのかもしれない。傍にいることが多くなったから。
でも、心は全然近づいていない。
あの質問をされるたび、嫌でも再確認させられずにはいられない。
見た目でカバーできないほど、他人に感づかれてしまうほど、厚く大きな壁。
それが彼と私を隔てていることに。
彼は何も言わない。
私は何も聞かない。
最初はそれでもいいと思っていた。
それが彼の望んだ距離ならば、私はそれを守ろうと思った。
彼を傷つけたくはなかったから。
でも、それは鎖のように絡みついてきて。
私は今、息が出来ないほど苦しい。
心が限界を訴えてきた。
もう、耐えられない・・・と―――
***
突然の暗雲と滝のような雨に、周囲のみんなが慌てて避難する中、私はそこに立ち尽くした。
遠くから私を呼ぶ声がする。
それを聴こえない振りをしてやり過ごし、私はゆっくり目を閉じた。
痛いほどの大きな雨粒が当たる度、少しずつ体の体温は奪われていく。
でもそれがなぜか心地よく感じて、私はかすかに口の端をつりあげた。
この雨に打たれ続けたら、この思いは消えてくれるだろうか。
この雨が上がったとき、私はまたいつものように笑えるだろうか。
今までなら大丈夫。と言えていたかもしれない。でも今は、大丈夫と言える自信がなかった。
「!」
ばしゃばしゃと水を跳ね上げる音とともに、私を呼ぶ声が聞こえた。
その声に、私は無意識に顔を上げ、振り返る。
間違えるはずがない、声。
すぐに分かる、姿。
「アレン・・・。」
「。」
程なく私の元にたどり着いた彼は、少し息を切らしていた。
いつも鍛錬して、こんな短距離じゃ平然としているのに。
私を心配して焦ってくれたのだろうか。
少しだけ、大切に思われてる気がして、ほんのりと心が温かくなる。
「帰ってきてたんだね。おかえり。・・・濡れちゃうよ?」
「僕はいいんです。こそ・・・びしょぬれじゃないですか・・・。」
そう言って顔をゆがめる彼。
他人のことになると、すぐに変わる表情。
「よくないよ。風邪引いちゃうよ?」
「鍛えてるからこれくらいじゃひきませんよ。それより、こそ・・・。」
「私は平気。それに・・・ちょっと、雨に打たれたい気分なんだ。」
そう言って視線を彼からはずして空へと向ける。
視界いっぱいに広がる暗雲。しずくが目に入って、私はとっさに目を閉じた。
そのまま、しばらく雨の音だけが空間を支配する。
「・・・どうしたんですか?」
小さな声に振り向くと、悲しそうに顔をゆがめた彼がいた。
「何かあったんですか?」
「・・・何もないよ?」
あなたのことで悩んでました。なんて、言えるわけがない。
なるべく笑って答えると、アレンはくっと顔をゆがめた。
今にも、泣き出しそうなほどに。
「僕じゃ、頼りになれませんか?」
心底悔しそうに、苦しそうに言うアレンに、私は目を見開く。
「どうして何も、話してくれないんですか・・・!」
どうして?
その言葉に、ギリギリまでせりあがっていた想いが、せきを切って溢れ出した。
その思いは濁流となって、私の心を侵食する。
それはあなたじゃない。と心のどこかが呟いた。
あなただって、いつも私を頼ってはくれない。
いつだって、自分で何もかもを抱え込んだままだ。
そんなあなたを、私はいつも、見ているだけ。
ねぇ、アレン?
あなただって、今の私と同じことをしているのよ?
私はいつも、今のあなたのような思いをしているのよ?
あなたが簡単に言う言葉が、私にはどうしても言えなくて。
それでこんなにも、苦しんでいるのに。
あなたは苦もなく、その言葉を言えるのね・・・
この気持ちはなんだろう。
嫉妬だろうか。
私が言えない言葉を簡単に言えてしまう彼への。
いらだちだろうか。
私の気持ちに気づいてくれない、彼への。
分からない。
でも、一度切れたせきは、溢れたものは、止まってはくれなかった。
それらは濁流となって、無意識に口からこぼれた。
こぼれてしまった。
「・・・勝手だね、アレンは。」
「え・・・?」
「そうやって、全てを背負い込もうとする。」
「・・・!」
ハッと息を呑んだ彼に、私は淡い笑みを見せる。
「頼れないよ。そんな今にも倒れそうなアレンを見てたら。頼れない。」
「・・・・・・。」
「ねぇ、もっと頼って?もっと私に寄りかかって?私はそう簡単には倒れない。あなたが思ってるほど、私は弱くないよ。」
「・・・。」
「ねぇ、お願い。そうしないと・・・。」
「私は何のためにあなたの傍にいるのか、分からなくなる。」
そういい残すと、私は彼の前から逃げるように離れた。
彼は追ってはこなかった。
ちらりと振り返った先には、うなだれて立ちすくむ彼の姿。
傷つけてしまった。私が。
だから、駆け寄りたいと願う足を懸命に押しとどめ、私は喉をせりあがってくる嗚咽を何とかこらえた。
傷つけた私が、どうして彼を慰めれるだろう。
どうして彼の隣に立ち、彼を支えられるだろう。
言ってしまった。
言うまいと決めていた言葉。
言ってしまえば、彼を傷つけると、知っていたから。
だから言うまいと、決めていたのに―――
あぁ、どうして、私は弱いのだろう。
後悔はスコールのように激しく、私を責めるように体を打つ。
あぁ、この雨に打たれたら、この思いは流れ去ってくれるだろうか。
自分が犯してしまった罪を、赦してくれるだろうか。
この雨がやんだら、なんでもなかったことには、出来ないだろうか。
そんなことを思っている自分に、嘲笑した。
できるわけが・・・ない。
そんな都合のいいこと、あるわけがない。
あぁ、なんてことをしてしまったんだろう。
後悔ばかりが渦巻く。
暗く暗くよどんだ、今の自分のような暗雲を見上げ、私は静かに涙を流した。
“とアレン君って、ほんとに付き合ってるの?”
ふと浮かんできた言葉に、私は嘲笑を浮かべた。
答えを教えてあげようか。
私には、無理だったよ―――
***
ってな感じで離れちゃうんだな、これが。
ヒロインがキレてしまうお話でした。
双方ともに救いがなくてごめんなさい。
続編なんてものを書いてみましたので、よろしければそちらもどうぞ。少しは救われているかと・・・
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