生まれてくれてありがとう
生きてくれてありがとう
出会ってくれてありがとう
ありがとう。ありがとう。
お誕生日、おめでとう―――
ありがとうの日
「さむっ」
室内にいると言うのに身体の芯から凍えてしまいそうな寒さに、アレンはそうポツリと呟き、防寒代わりに羽織っていたコートの前をかき合わせた。
吐く息が白くけぶって消える。
その様子を何度も見ながら、アレンは今日一日のことを思い返した。
今日は自分の誕生日だった。本当はどうだか知らないけれど。
たくさんの人に祝ってもらえた。
おめでとうの言葉と、暖かい笑顔。そして時には、プレゼントまで。
嬉しかった。嬉しくないわけがなかった。
でも―――
一番欲しい人から、まだ祝ってもらえてない。
知らないのかもしれないなと思う。そういえば、自分は誕生日を教えていなかった。
それなら仕方ないと思いつつ、それでもどこか寂しい。
「我が侭だなぁ・・・。」
知らせてもいないくせに、知っていて欲しいと思う。
こんなのは、高望みしすぎだ。
白い息を殊更多く吐いて深いため息を落とした瞬間、窓からカツンという音がした。
「?」
最初は気のせいかと思ったが、続けざまにカツン、コツンという音が聞こえ、空耳ではないことを知らせた。
不思議そうに、少しだけ警戒して窓の外を見れば、見飽きるくらいに降り続く雪。
またカツンと音がした。導かれるように下を見る。
そこに、こんな寒い夜だというのに、ぽつりと人影があった。
「・・・?」
信じられないと言う色を滲ませて呟いた言葉が聞こえたわけではないだろうに、彼女は自分に応えるように大きく手を振った。
間違いない。だ。なんであんなところに。
何となく呼ばれている気がして、僕は部屋を飛び出した。呼ばれなくても行っただろうけど。
なんだってこんな寒い夜に。風邪でも引いたらどうするんだ。
自分を全く顧みない彼女の無頓着さはイヤと言うほど知っている。
知っているから、放って置けるわけがなかった。
「!!」
「やほー。」
お早いお着きで。と片手を上げて快活に笑うに怒りに似た呆れを感じながら、僕は駆け寄りながらコートを脱いだ。
まだ多少暖かさの残るコートを彼女にかけると、思いっきり抱き寄せる。案の定、彼女の体は冷え切っていた。
「あぁやっぱりこんなに冷えて・・・まったくもうなにやってるんですか!こんな寒い夜にこんな薄着で・・・。」
憤る僕に、彼女は「あはは・・・」と乾いた笑いを零した。一応無茶をしていたと言う自覚はあるらしい。
決して僕と目を合わそうとせず、彼女の視線は足元や周りを曖昧にさまよっている。
「いやー実は・・・探し物があって・・・。」
「探し物?」
不思議そうに聞き返す僕に彼女は「そう」と頷くと、気まずそうにこちらをちらりと見た。
「アレンへのプレゼント・・・なくしちゃって・・・。」
「・・・はい?」
あっけにとられる僕の声に、彼女は多少焦りを含ませてごめんと謝った。
慌てて事情を説明しにかかる。
「その・・・予定では雪の中にプレゼント隠して、見つけてもらおうかなって思ってたんだけど、ちょっと眠ってるうちにものすごく雪が降っちゃってて・・・で、あの・・・。」
「どこに隠したか忘れちゃった・・・と・・・。」
「そう、です。」
ごめんなさいと小さく呟いて身をちぢこませる彼女を見て、僕は小さくため息をついた。
彼女が薄着なのが判った気がする。予想外の展開に慌てていて、コートを着てくるのを忘れたのだろう。
辺りを見回せば、所々に掘り返したような跡が残っていた。きっと今の今まで必死で探していたに違いない。
申し訳なさに自分の腕の中で小さくなっているには不謹慎だが、思わず笑みがこぼれるほどに喜びと安堵を感じた。
知っていてくれた。祝ってくれようとしていた。
それだけで、十分だと思えるくらいに嬉しい。
「それじゃ、頑張りましょうか。」
「え?」
コートはしっかりと羽織らせたまますっと手を離した僕に、が不思議そうな表情をした。怒られると思っていたのか、少々拍子抜けしたような気分なのだろう。ぽかーんと口を開けてこちらを見つめてくる。
それに僕は、にっこりと笑顔を返した。
「宝探し・・・するんでしょ?」
予定通りに。と言って首を傾げれば、目を見開く彼女。それもつかの間、次は泣きそうに顔を歪める。
それを無理やり笑顔に変えて、彼女は大きく頷いた。
そうして、企画者すら答えの分からぬ、行き当たりばったりの宝探しが始まったのだった。
***
ざくざく、ざくざくと、真夜中の雪の草原に音が響く。
によってここらへん。と漠然とした範囲指定を受けて始まった宝探し。それは思った以上に難航していた。
が、そんな苦労も、彼女が自分にしてくれたことと思えばなんてことはない。ただひたすら見つけたい一心で、アレンは雪を掻き分けていた。
「あ・・・ったぁ!」
柔らかな雪ばかりに触れていた指先が固いものに触れて、まさかと思って掘れば、そこにはきっちりとビニールで包まれた箱が出てきた。きちんとラッピングされたその箱は、ビニールのおかげで崩れることも濡れることもなくそこにあった。
「あったの!?」
少しはなれたところを掘り返していたが、嬉しそうに駆け寄ってくる。
確認するようにそれを示せば、ぱぁっと輝いたの笑顔。どうやらこれに間違いはないようだ。
「それじゃ、僕が貰っていいですか?」
「もちろん!」
他に誰にあげろって言うの!と笑いながら彼女が言う。
その言葉に嬉しさとちょっとした優越感のようなものを感じながら、いそいそと箱を開けにかかった。
濡れないようにと施されたビニールを取って、赤いリボンに手をかける。するすると解いて包装紙を取り、蓋を開けた。
そこには―――
「マフラー?」
「そう。」
そこには、白いマフラーがふわりとたたまれて入っていた。
それを僕が取り出す前に、彼女の手が取り出す。
ふわっと風が起こって、次の瞬間には首元にふんわりとした暖かな感触。
の手で巻かれたマフラーからは、何となく安心する香り。の暖かな部屋の香りだ。
「メリークリスマス、アレン。」
え、と目を見開くと、にこにこと笑っているの姿。
「クリスマスプレゼント・・・?」
「そう。これはクリスマスプレゼント。」
悪びれた風もなくにっこり笑って言うの表情をまじまじと見て、僕は内心ほんの少しだけ落胆した。
そうだよね、教えてないから、くれるはずがないんだ。
分かってはいたけれど、何となく、やっぱり寂しい。
そんな僕の内心はいざ知らず、は笑顔のまま僕が抱える箱の中から、何か小さなものを取り出した。
「それでこれが、誕生日プレゼント。」
「え・・・。」
手を出して。と言われるがままに、呆然としながら手を出す。
そこに、ぽとんと落とされた小さなプレゼント。
「鍵?」
かじかんだ手のひらには、小さな金色の鍵。何となく見覚えがあるような、ないような。どこの鍵だろう。
僕の内心の疑問に答えるように、が言った。
「これはね・・・私の部屋の鍵。」
「・・・・・・・・・え?」
あっけにとられて目の前のを見れば、いつもと変わりなく笑っていて。
これは・・・爆弾発言を分かって言ってるのだろうか、それとも全く意図してないのか、判断に困る。
そんな僕の静かな困惑はそっちのけに、彼女は笑顔のままそっと僕の手に手を沿え、鍵をしっかり握りこませた。
じんわりと手からの暖かさが伝わってくる気がした。やっぱり、はいつだって僕を安心させてくれる。
「だって、アレンはいつも遠慮して私の部屋に来ないでしょう?」
いや、それはなんていうか・・・と複雑な心境で葛藤中の僕を知ってか知らずか、彼女は先を続ける。
「寂しいとき、悲しいとき、苦しいとき、泣きたいとき・・・理由がなくたっていい。いつだって来てくれていいよ。いつでも待ってる。」
「・・・。」
どうしてここまで広く慈愛に満ちているのだろう。その優しさが嬉しくて同時に申し訳ない。そしてそれ以上にどうしようもないほどの愛しさがこみ上げる。
思いが自分の身を焦がす前に、僕はを抱きしめていた。
少しだけ苦しそうに身じろぎをするの耳元で、小さく「ありがとう」と呟く。
その惜しみない優しさが、何よりのプレゼントだと思う。
「私こそ。ありがとう。」
「え?」
思いがけない言葉に、思わず抱きしめていた腕を緩めてしまう。
するりと抜け出した彼女は改まったように僕の目の前に立つと、晴れやかな笑顔を浮かべた。
今が夜だと忘れるほどに、その笑顔は眩しく見える。
「生まれて来てくれてありがとう。今まで生きて、そして出会ってくれてありがとう。今ここにこうして一緒にいられることが、何よりも、どんなことよりも嬉しい。」
「・・・。」
呆然としている僕にもう一度笑いかけると、くるりと背を向けた。2,3歩玄関へと足を進めて、またくるりと振り返る。
すっと、手が差し伸べられる。顔が赤く見えるのは、寒さのせいか、それとも―――?
「寒いでしょう?早く帰ろ。」
「・・・はい―――。」
その手にそっと手を重ねれば、ぎゅっと握り締められる。じんわりと伝わってくる暖かさ。
手放したくないと、いっそうつのった愛しさを抱いてそう思う。
生まれてきてよかったと思う。生きてきてよかったと思う。
今ここにいなければ、プレゼントをもらえることも、の暖かさや優しさを再確認することもなかったのだから。
初めて、自分を生んでくれた顔も知らない両親に感謝した。
***
Merry Christmas & Happy Birthday!
えーと・・・言い訳する部分が多くて困ったなぁ(^^;)
マフラーは手編みです。そしてヒロインが爆睡してたのは、マフラーを編んでいたから睡眠不足だったのです。という裏話あり。入れれなくて残念・・・!
とりあえず、おめでとうアレン!
*フリー配布終了させていただきました。
水野皐月 拝
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*おまけ*
すたすたと手を引いてそれぞれの部屋のある階まで上っていくに、僕はさっきから気になってしょうがなかったことを聞いてみることにした。
「と、ところで、。」
「ん?なに?」
「この鍵って・・・夜でも使っていいんですか?」
「・・・・・・・・・・・・さあ、ね?」
にっこりと微笑んだ彼女からは、肯定も否定も読み取ることは出来なかった。
これは、今年1年の課題になりそうだ。
*そんなこんなで確信犯的な彼女でありました。おわり(実はこれがやりたかったって言うのは内緒)(言ってるし)。