偶然だった。
ことんという音と同時にチャラッと言う鎖の音。
そして微かに聞こえた、パキンという音。
エドがしまったと言う顔をする。
慌てて手を伸ばしたが、残念ながら私のほうが早かった。
時の止まった時計。
そして刻まれた、言葉。
「・・・Don’t forget! October 3・・・?」
「っ返せ!」
口に出して呟いた瞬間、エドの手によってそれは奪い返された。
苦しそうに哀しそうに、苦い顔をしながらそれをポケットにしまう。
ずっと見つめている私の視線を避けるように、エドは背を向けた。
「エド・・・?」
どうやら私は彼のキズに触れてしまったらしい。
不安げに小さく名前を呼ぶと、返ってきた言葉は一言。
「・・・忘れてくれ。」
小さくかすれた声で呟き、エドはベッドに力なく腰掛けた。
憔悴したようなその様子に、私の心は締め付けられたように痛んだ。
傷つけてしまった?
押し寄せてきた罪悪感と、エドの様子を心配する心が、私をその部屋に留めた。
立ち尽くしたまま何も言わない私を疑問に思ったのか、向けられたままの視線が気になったのか、エドがちらりとこちらを見た。
そして、少しだけ口をゆがめて、笑みのような形を作る。
笑おうとしているのに、笑えてない、不完全なその表情。
それを見るだけで、今の状況が普通じゃないことは分かるのに。
「・・・悪い。少し、1人にしてくれるか?」
「・・・!」
目を見開く私を避けるように、エドはまた俯いてしまった。
それを私は呆然と見つめる。
最初にきた感情は、驚愕。次いで拒絶されたとわかって、胸の痛み。
そして、それでもここにいたいと願う、想い。
「・・・いやだ。」
そう言って、私は1歩踏み出した。エドのほうへ。
驚いてこちらを見るエドの視線を真っ向から受け止めて、また1歩。
「いいから放っておいてく・・・
「放っておけるわけないでしょう・・・。」
なおも私を遠ざけようとするエドの声を遮って、私は少し強い口調で言った。
目を見開くエドに畳み掛けるように、私はなおも言葉を紡ぐ。
「こんな状態のエドを前にして、のこのことこの部屋を出て行けって言うの?・・・冗談じゃない。
放っておけるわけないじゃない。そんなこと・・・私にさせないでよ・・・!」
「・・・。」
感情が高ぶったせいか、いつの間にやら頬が濡れていた。
哀しいのか悔しいのか、考えてる暇もなかったし、考えてもきっと分からないだろう。
それくらいたくさんの感情が私の中を渦巻いていた。
拒絶されたことへのショックや、もっと傷つけてしまうかもしれないという不安。
でもそれでも伝えたいと思う感情と、伝わって欲しいと願う心。
そんな顔をしないで欲しい。
変えたい。
「何も聞かないから!何も言わないから、何も言わなくていいから!こっちなんて見なくていいから・・・
傍にいさせてよ・・・!」
あなたのキズを暴こうなんて思わないから。
あなたに何も求めないから。
ただ、私をあなたを取り巻く空気の中にいさせて。
あなたを包む空気でいさせて。
「・・・。」
「出て行けなんて言わないで・・・お願いだから・・・。」
あぁ、感情が高ぶるとすぐに泣いてしまうのは私の悪い癖かもしれない。
弱いと思われてしまうから。
私は乱暴に涙をぬぐって、戸惑ったようなエドを強く見据えた。
少しずつ縮めていた距離を、一気に縮める。
ベッドに腰掛けるエドを、すぐ前で見下ろす形になる。
何かを言いたげなエドを無視して、私はエドの隣に少し強引に座った。
スプリングがきしむ。少しして揺れがおさまったベッドの上で、私たちは互いに視線も顔も合わさずにいた。
「今の私に出来ることは、傍にいることくらいだから。・・・というかそれしか、思いつかないんだ。」
「・・・。」
目が赤いのは何となく分かっていた。
けれど、少しおどけたようにぺろっと舌を出して笑ってみると、エドが困惑したように小さく私の名前を呟いた。
それを、私は苦笑して見つめる。
そんな顔を、させたいわけじゃないのにな。
「でもね、私何かしてあげたいと思ってる。お腹が空いたなら、何か作ってあげたいと思うように。傷ついたなら、手当てをしてあげたいと思うように。
今、苦しんでるあなたに、何かしてあげたいと思う。」
でも、お腹が空いたなら料理をすればいいし、傷ついたなら消毒をして包帯を巻いてあげれるけれど、
何があなたを苦しめているのか分からない今の私には、どうしていいか分からない。
「だから、教えて?今の私があなたにしてあげられること。
何でもいい。何でもするから。私に出来ることなら、何でも。」
「・・・・・・。」
戸惑ったように言いよどむエドを、私は精一杯優しい目で見つめた。
「忘れないで。私はいつだってそう思ってる。」
あなたが何を忘れまいとしてあの言葉を刻んだのか、私には分からない。
それにどんな思いが込められているのか、私には推し量る術もない。
でも、忘れないでいて欲しい。
時計に刻まれた思いを思い出すたびに、どうか私のこの思いも、一緒に思い出して欲しい。
「忘れないで。今日という日を。私の思いを。」
私はいつだってあなたを支えたいと思っていること。
苦しいとき、哀しいとき、いつでもあなたに何かしてあげたいと思っていること。
何があっても、傍にいたいと思っていること。
「忘れないで。そこに刻まれた思いと共に、覚えていて。」
そして思い出して。どうか・・・どうか―――・・・
***
突発。
記念日当日に慌てて1時間で書いたので、つじつま合わないのはスルーしてください(土下座)
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