「よしっと・・・できた!」

「おめでとう。これで一通り基本は網羅できたんじゃない?」

「ほんと?やったぁ。」


持っていたペンを投げ出し、晴れやかな笑顔で両手を挙げたは、笑顔のまま隣にいたクラウドを見た。


「これであんたは用済みよ!クラウド!さぁ、とっとと出てくのよ!」

「そんな・・・それはさすがに酷いよ・・・。」


あまりにも鮮やかな切り捨てに、思わずクラウドは苦笑をこぼす。
はそれに笑って

「嘘よ嘘。ま、半分本気だったけど。」

と返していた。人が聞けばあまりにもな言い草だが、これがいつものスタイルなため、本人たちは気にしたふうもない。
窓から侵入する不法侵入者兼変態(談)のクラウドから錬金術を習い始めて2週間ほど。
次々に知識を吸収していったは、ついに基本的な知識を飲み込むまでになった。
これからは、基礎をもとに様々な専門分野に枝葉を伸ばしていけばいいのだ。


「まぁ冗談はとにかく、本当にありがとうね、クラウド。あんた意外に教えるのうまかったわよ。」

「お褒めにあずかり光栄です。」


クラウドに向き合ってぺこりと頭を下げたに、クラウドも恭しく礼をする。
そして目が合って、同時にほほ笑んだ。


「それで、これからは専門分野に手をつけていくことになるんだろうけど、はどうするの?」

「うーん、それなのよねぇ・・・。」


とりあえず今後のために錬金術を使えるようにしておきたかっただけのは、クラウドの問いかけに困ったように首をかし

げた。


「今までやってきた中で特に興味をひかれるものもなかったしなぁ・・・。」

「まぁ無理に自分の将来を狭めなくてもいいとは思うけどね。これからおいおい考えていけばいいよ。」

「うーん・・・。」


クラウドの言葉が聞こえていないのか、はさらに考え込んでしまう。
どうやら今は何を言っても届かないようだ。
本格的に悩み始めたに苦笑して、クラウドはが思考の淵から戻ってくるのを待った。





***





「私さぁ・・・。」

「ん?」


長い思考のすえ、ふいに顔をあげたは、沈んだ表情をしながらぽつりと呟いた。


「賢者の石を学びたいわ。」

「え・・・?」


ぽろりとこぼれた言葉に、クラウドは驚いたように目を丸くする。
基礎をおさめたばかりのものにしては少々ハードルが高すぎる分野だ。


・・・本気なの?」

「うん。私やるんだったら賢者の石を研究したい。」

「・・・どうして?」


訝しげに問いかけてくるクラウドに対し、は複雑そうな顔をした後、重い息をついた。


「少しでも・・・役に立ちたいの。」


そう言って、ちらりと壁の方を見やった。
その視線の先を追いかけて、クラウドは納得した。仲間のあの兄弟のことを言っているのだ。


「そうか・・・でもどうしてその研究が彼らの役に立つんだい?」

「分からないわ。」

「わからない?」


深く沈んだ表情のまま、首を振る少女を見つめながら、言葉の違和感を感じて首をかしげる。


「あんまり詳しくは言えないけれど、私とあの2人は賢者の石がきっかけで出会ったの。あの子たち、すごく必死そうで・・・

だから、助けてあげたいと思ったの。だから、ついてきた。」


賢者の石を研究していたの父を訪ねてきたのは、少し前のことだった。
その必死な態度に、驚いたのを覚えている。


「それにね、私は彼らにたくさん助けてもらったから・・・。」


父親とのすれ違いで心を閉ざしていた私を彼らは必死で救ってくれた。
彼らがいなかったら、私はまだずーっと心を閉ざし人形のように生きていたに違いない。


「だからね・・・恩返しが、したいの。」


たくさんのものをくれた。たくさんのことをしてくれた。
だから、私はそれを返さなくちゃいけない。
そのために、ついてきた。


「そっか・・・。」


緩やかに微笑む彼女を見て、クラウドは小さく息をついた。
そして一瞬だけ、暗い瞳を煌めかせ、壁の奥に一瞥をくれる。
くすりと、気づかれないくらいひそやかに、嗤った。


「君は彼らのことが大好きなんだね。」

「え・・・?」

「そしてとても優しい。」

「クラウド?」

「何も知らせず何も語らない、そんな彼らのためにそこまでしてあげられるなんて・・・君はすごいよ。」


にこりといつものように笑いながら告げられた言葉に、は目を見開いて硬直した。
なぜだろう・・・今、とても嫌な感じがした。
とっさに言葉が出ないに対し、クラウドは更に言った。


「でも、どうして彼らは君に何も教えてくれないんだろうね。僕はそれが悔しくてならないよ。」


だって・・・と彼は続けた。


「まるで、君が信頼されていないようじゃないか・・・。」


ずきり、と、言葉が胸に突き刺さった。じわじわと広がる痛みと反比例するように、だんだん体は冷えていくのを感じる。
言われたくない言葉を、気づきたくなかった言葉を、言われてしまった気がした。
否定したいのに、喉が凍りついたかのように動かない。

秘密にしていることがあるの―――

どくどくと早鐘を打ち出した心臓を抑えるようにして、両手を胸の前できつく握りしめた。

彼らにも誰にも、秘密にしていることがあるの。


だから、当然だと、心の冷静な部分が宣告した。


だって、世の中は、等価交換なんだもの―――










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