朝―――


ふっと刺すような空気の冷たさを感じて、エドワードは目を開けた。
自分にしては珍しい。
いつもは、アルフォンスかが起こしに来るまで決して起きはしないのに。
両手を上に上げて伸びをしながら窓の外をうかがうと、まだ人の気配が感じられない。
どうやら、ものすごく早起きをしたようだ。
(・・・二度寝でもするか)
エドワードはどちらかが起こしに来るまでもう一眠りしようと寝返りを打つ。
が、ひやりとした感触が頬に当たり、眠気が一気に吹っ飛んだ。
ぎょっとしながらその正体を見る。
そして、その正体を見、エドワードは小さくため息をついた。
それは、自分の鋼の右手だった。
血の通わない鋼の義手。
もちろん、鋼に体温なんてものは存在しない。
自分の意のままに動かせ、物を持ったり字を書いたりできるのに・・・
それには、ぬくもりが存在しないのだ。

何度もあった。
自分の冷たい腕にどうしようもない違和感を覚え、そのたびに胸が締め付けられるように痛んだ。
これは、自分のおろかな過ちの証だ。
そのほかの人とは違う冷たさと違和感で、自分に忘れるなと言い聞かせる。そのための・・・モノだ。
とうに慣れたと思っていたのに、やはり走る胸の痛みに悲しみに似た苦笑を浮かべながら、そっとそれを撫でた。
ふと、の姿が脳裏を過ぎった。
彼女は、自分にためらいもなく触れてくる。
体温のある左手と同じように、冷たいばかりの右手にも。
冷たくないはずがないのに。違和感がないはずはないのに。
自分の罪の証は、彼女にも辛い思いをさせる存在なのか。
エドワードは思わず右手を痛いほど強く掴んでいた。





***





「エ〜ド!おっはよう!」


明るい朝そのもののように陽気な声がドアを開けざま聞こえた。
どうやら今日の当番はらしい。


「起きろ〜!って、あら、起きてる・・・。」

「起きてちゃ悪いかよ・・・っておい、何やってんだ。」

「ん?いや、今日の天気の確認。」

「ヲイ・・・。」


窓を開けて空を注意深く観察するに、思わず低い声で突っ込みを入れる。
まったく、人聞きの悪い。


「起きてるなら、ほらほらさっさと着替えて。その前にベッドから出る!」


そう言って、はためらいもなく俺の両手をつかんだ。
いつもならなんとも思わないのに、ふと、怖くなった。
反射的に彼女の手を振り払う。
振り払われた彼女はいったい何が起こったのかわからず、自分の手と俺を交互に見つめながらきょとんとしている。


「・・・悪りぃ。」


とたんに罪悪感を感じて、俺は視線をそらした。
今日は朝からおかしい。
自分の右手が、まるで凶器のように見えて、彼女を傷つけそうで怖かった。


「・・・どうしたの?」


不安そうに、不思議そうに、彼女が小さな声で聞いてくる。
そんな顔させたいわけじゃないのに。
傷つけたくないだけなのに。
結局俺は、お前を傷つけてばかりだ。
でも、こんな弱い自分をさらけ出すには抵抗があって、無意識に喉にでかかった言い訳を飲み下す。


「・・・なんでも・・・

「ないわけないよね?」


俺の声をさえぎって、真剣な顔をしたが顔を覗き込んできた。
たったそれだけの動作なのに、ひどく自分が責められているような感覚がして、目をそらす。
の眉間に、訝しげに皺が寄った。
しばらく無言の押収が続いたが、最終的に折れたのは情けないことに俺だった。
決定打は無理やり合わされた視線。
彼女の目は真実を移す鏡のようで、うそをつくことをよしとしない。
そして、とても静かで、暖かかったからだ。
そんな目で見つめられたら、話さざるを得なくなるじゃねーか。





***





「・・・なーんだ、そんなことか。」

「そ・・・っ!?」


彼女は俺が苦しみながら暴露したことを、「そんなこと」の一言で切って捨ててしまった。
あまりにもあっけない最後に思わず言葉を失う。「そんなこと」呼ばわりされた怒りすらない。
固まった俺を、は呆れたように見る。


「私がオートメイルごときで傷つくようななよっちい女だと思ってたの?」

「そんなことは・・・ないけど。」

「冷たいからって、ぬくもりがないからって、それだけで嫌いになるとでも思った?」

「・・・・・・。」

「女々しい・・・。」


呆れたようにため息をつくに、俺は何も言い返せなかった。
ふとそんな事も思った覚えがあるから。


「あのねぇ、私があなたと出会ったのは、旅の途中だったでしょ?」

「まぁな。」

「んで、そのときはもう君はオートメイルだったわけよ。」

「そう・・・だな。」


つきんと、明け方の名残か胸が痛んだ。
が、そんなことを無視して今は彼女の言葉に集中する。


「つまりは、私は今のあなたを好きになったわけよ。」

「は・・・?」


あっさりと、ごくごく自然に好きといわれて、あぁそうだな、と流しそうになった思考回路がぴたりととまる。
今はもう彼氏彼女の関係になってしばらく経つ。
相変わらず甘くもない関係で、自然に好きと言う機会も言われる機会もなかった。
かなり貴重な言葉を聴いたのかもしれない。

内心嬉しさに震える俺を知ってか知らずか、彼女は淡々と続ける。


「そんな私が、いまさらオートメイルなんかを気にすると思う?」

「・・・そ・・・っか。」

「そういうこと。」


気にしすぎなのよ、エドは。と笑いながら顔を覗き込んでくる。
そのまま、妙におかしくなって、2人はふふっと笑いあった。
そんなに気にする必要はないのかもしれない。
彼女の言葉に、救われた気分になった。
ただ、やっぱり冷たい思いをさせるのは少し申し訳ない。
それを見透かしたのか、は「でもさ・・・」と続けた。


「でもさ・・・。」

「ん?」

「そんなにエドが気にするんなら、頑張って元に戻ろうね。私も協力するから。」

「・・・だな!」


その瞬間、重くのしかかっていたものがやる気に代わっていった。
俺って単純だなぁと苦笑する反面、彼女はすごいと思う。
あまり恥ずかしいから言わないが、今まで彼女の言葉にどれだけ救われただろう。
がいなければ、もっと前に挫折していたかもしれないとふと思った。


「これからもよろしくな。」

「ん!よろしくね!」


下からアルの呼ぶ声が聞こえる。
それにせかされるように、2人で階段を駆け下りた。

今日も、また旅が始まる―――










end

***
最初と最後が微妙に食い違っていること、気づかれました?
あ、いや、読み返さなくてもいいです(誰もしねーよ)。
無駄に爽やかにごまかしてエンドです。ふふ、強制終了万歳(逝け)


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