「エドワードは休みか〜?」


昼休み明けの教室で、少し間の抜けた先生の声が響く。
反応がないことにため息をつくと、彼は慣れたように彼の出席欄に「×」を書いた。
そしてパタンと閉じ、言う。


「あーすまんが、委員長。」

「・・・連れ戻してきます。」


心得たかのように、がたんと一人の女生徒がため息混じりに立ち上がる。
そしてさっさと教室を出て行く彼女に向かって、苦笑交じりに「頼む。」と言った。
こんなパターンは嫌と言うほど体験済みだった。
生徒たちも、「頑張れよー」と気の入らない声援を飛ばす。
彼らは知っているのだ。彼女しか彼を見つけられないことも、連れ戻せないことも。
・・・まぁ、彼女が行っても連れ戻せないこともあるのだが。


「じゃ、授業を始めるぞー。」


そして先生は何事もなかったかのように教科書を開く。
クラスの生徒も先生と同じくそれに倣った。


今日は、ぽかぽかとしたいい天気だった。





ある日、晴れた屋上で





「やっぱり、こんなところにいた。」


先ほど教室を出た女生徒は、ぽかぽかした陽気を認めると、迷いもせず屋上へ向かった。
この学校にいくつもある彼のお気に入りスポット。
その中で迷わずここを選択した彼女は、屋上の屋根の上、はしごを上ったところを覗き込み、ため息をついた。
そこには、まるでそこにいるのが当たり前かのように存在する、男子生徒の姿。


「おー。流石だな、いいんちょー。」


仰向けに寝っ転がっていた彼はゆっくりと体を起こしながら自分を探しに来た女生徒、を見、快活に笑った。
全く悪びれた風のない彼の様子に、彼女はため息をついた。


「まったく・・・いい気にお昼寝?一応言うけど、もう授業は始まってるわよ?」

「知ってる。」

「でしょうね。」


全くもって予想通りの彼の返答に、は半ば諦めたように息をついた。
そしてそのままよいしょとはしごを上りきる。
この学校で一番高いそこは、とても見晴らしがいい。
見えるのは遠くまで広がる蒼い空、所々に浮かぶ白い雲、そして米粒より小さい人と、ミニチュアのような町の建物だけだ。
遮るものなど何もないため、吹き付ける風が強い。
はスカートが風でめくれないよう細心の注意を払いながら、膝立ちで彼の元へと向かった。
長く伸びた髪が時折風に煽られて視界を遮る。
苦労しながら自分に近づいてくる少女を、彼・・・エドワードは目を細めながら見守った。
少女は手の届くような届かないような微妙な位置で止まると、そこに座り込むエドワードをじっと見下ろした。


「一応ダメもとで聞くけど、教室に帰る気は?」

「ない。」

「・・・でしょうね。」


先ほどと同じような会話をすると、彼女は諦めたようにその場にぺたんと座った。


「いいんちょーも一緒にサボろうぜ。」

「じょーだん。て言うかその呼び方やめて。」

「じゃ、。」


そう言ってニッと笑うエドワードを見て、は少しだけ顔を赤らめ、ふいっと視線を逸らす。
可愛らしいその反応に、エドワードの笑みは知らずに深まった。細められた金色の瞳が、耳まで赤くなった彼女の横顔を映す。


「んで、。一緒にサボらねぇ?」

「だから、じょーだんでしょ。私はあなたほど成績よくありませんから。」


嫌味たっぷりにそう言い返すと、エドワードはこたえた風もなく楽しそうにくつくつと笑った。
その様子に、は眉を顰める。


「じゃあ俺が教えてやるよ。それなら文句ないだろ?」

「大有りよ。誰があなたなんかに。」


心底嫌そうな風に顔を歪めて、は言う。
それでも、彼は言葉遊びを楽しむかのように笑うだけで。


「・・・じゃ、俺置いて帰れば?」

「・・・・・・連れ戻すって言っちゃったのよ?あなたを連れて行かない限り、帰れるわけないじゃない。」

「じゃ、ここにいるしかねーな。」


俺、帰るつもりないし?と言われてしまえば、はため息をつくしかない。
こんなことはもう日常茶飯事で、彼が帰るつもりはないと言えば、自分がどう足掻いても連れ帰ることは出来ないのだ。
現在進行形で進んでいるであろう授業に思いをはせながら、は諦めて彼に付き合うことを決意したのだった。


「あーあ、錬金術の理論の授業だったのに・・・。」

「だーから、俺が教えてやるって。知ってんだろ?俺が錬金術得意なの。」

「えーえー、よーく知ってますとも。」


目の前にいるサボりの常習犯は、同時に学校きっての天才児としても有名だった。
錬金術検定では最年少で1級を取り、世間からも騒がれた。
小さい頃から大人たちがもてはやすのがいけないんだ。とは思う。
だからこんなに天上天下唯我独尊やたらに自信満々の不良少年になってしまったのだ。
それで自分がどんなに被害を被っているか・・・世間に大声で訴えてやりたいと思う。


「おーい、意識飛ばしてんなよ。チューするぞ?」

「ばっ、馬鹿言ってんじゃないわよ!誰があんたなんかにファーストを・・・。」

「ほう、ファーストか。」

「・・・っ!」


目の前で手をひらひらさせて言う彼の言葉に、は咄嗟にそう返していた。
にやりと笑ったエドワードに、瞬時に顔が真っ赤になる。
しまった。なんてことを口走ってしまったんだろう・・・。
自分の発言を自覚すると、顔が更に赤く染まっていくのが分かる。どうにかして止めたいが、どうにも止まらない。


、顔真っ赤。」

「うっさい!」


恥ずかしさのあまりついつい口調が乱暴になる。
どうにもこうにも一杯一杯のを見て、エドワードは心底楽しそうに笑った。
実際楽しくてしょうがない。
こんなにも自分の思いどおりの反応を返してくれる目の前の少女が、可愛くてたまらない。

彼女は真面目で、責任感が強くて、きりっと姿勢を正してクラスをまとめる姿は素直にかっこいいと思う。
だから冷静かと思えば、ちょっとからかうとすぐに顔を真っ赤にして怒り出す。
くるくると変わる表情。それを自分が変えているのだと思うと、楽しくてしょうがない。
だから、構いたくなる。
だから、手放したくなくなるのだ。


「やっぱ・・・いいなぁ・・・。」

「何がよ!?」

「まーまー。・・・変わらないでくれよな。」

「え?なに、今よく聞こえなかった。」


エドワードがポツリと呟く。その表情をが見なかったのは本当に惜しいと思う。
普段の彼からは想像できないほど、穏やかで優しい表情をしていたから。
耳元で鳴る風の音が大きかったせいで、上手く聞き取れなかったは、耳に手を当てこちらに体を傾ける。
その様子に、エドワードは笑みを深めた。
そう、いつだっては自分に真剣に向き合ってくれる。
それが自分には、どうしようもなく嬉しいのだ。

けれどひねくれた彼がそれを素直に口に出すわけもなく。


「ファーストキスは俺のもんな。って言ったの。」

「なっ・・・!?」

「キリキリ守れよ?」

「っ・・・!!」


寄せた耳に囁かれた言葉は、真実とは全く別物。

金魚のように顔を真っ赤にして口をパクパクさせる姿が自分の想像通りで、エドワードは満足げに笑った。


「っ・・・馬鹿ーーーーーーーー!!!!!」


絶叫する彼女の様子を楽しそうに見ながら、エドワードは思った。


あぁ、今日もいい天気だな・・・と。










***
不良少年と優等生少女

21000を踏んでくださった暁様に差し上げます。
ご期待にそえたかどうかは分かりませんが、受け取ってくだされば幸いです。
初学パロ、楽しかったです。リクエストありがとうございました!


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