「「あ。」」
人でにぎわうこの町の中心街。人の流れに従いながら歩いていると、ふいに前からよく知った姿が近づいてくることが分かった。赤いコート、後ろで結ってある眩しい金色の髪。以前あったときと悲しいかなあんまり変わっていないように見える身長。彼も流れに従ってゆっくりと歩いてくる。
不意に目が合って、同じタイミングで声が零れた。
立ち止まる。お互い人の流れを妨げていることに気づくことなく。お互いを見つめる。
そして同時に複雑な表情を浮かべた。
「久しぶり・・・。」
「あぁ・・・。」
ぎこちなくなんの捻りもない言葉を喉の奥から搾り出すと、彼も同じようにぎこちなく言葉を返してきた。
気まずい雰囲気。目を合わせることが出来ず、逸らしたまま居心地悪そうに身じろぎする。ちらりと彼のほうに目を向けると、彼も同じようだった。
ぱちっと目が合って、パッと逸らす。そこでようやく、自分たちが人の流れを妨げていることに気づいた。
それを伝えようと視線を向けると彼も同じことを考えていたようで、もの言いたげな私の視線に少し笑って応えて、行くか。とでも言うように手を差し出してきた。その仕草に心臓が跳ねる。逡巡して、恐る恐る手を重ねた。許されることではないと思いながら。
伝わってきたぬくもりに、少し涙が滲んだ。
【許されない恋】
たどり着いた先は広場だった。真ん中にある大きな噴水を取り囲むようにして、ベンチが並ぶ。
私たちは、そのうちのひとつに腰掛けた。
「元気そうだね。」
「あぁ。お前もな。」
「それだけがとりえですから。・・・彼女さんも・・・元気?」
「・・・あぁ。」
「そっか。」
よかった。と笑ってみせる。痛みを訴える心の声に、耳をふさいで。
自分で自分を痛めつける発言をするなんて馬鹿げていると思う。でも、少しだけ期待していたの。
「別れた」という言葉を。
なんて酷い自分。人の不幸を待ち望むなんて。
恋は魔物だなんて、よく言ったものだと思う。
「お前も・・・彼氏元気かよ。」
「・・・まぁ、ね。」
彼氏という言葉にまたちくんと胸が痛むのを感じながら、それを表に出さないように振舞う。
「らぶらぶよ。」
「そっか・・・。」
笑いながら、冗談に聞こえるように極力明るく言ってみる。
けれど、この重い雰囲気はちっとも払拭することは出来なかった。また訪れた沈黙に、段々と心が押しつぶされていくような感覚に陥る。
「彼女さんを寂しがらせてないでしょうね。あんた、本に熱中するとこっちの声なんて全然聞こえてないんだから。泣かれてから気づいても遅いんだからね。」
「わ、分かってるよ・・・。」
何か会話をと思って口を開いたら、またこれ。。
自分に呆れてしまう。どうしてよりにもよってこれなのか。自分を苦しめるだけだと分かっているのに。でもどうしても気になるんだから、しょうがない。例え胸が痛んでも、聞かずにはいられないくらい気になるのだから、しょうがないのよ。と自分に言い聞かせる。
そしてそのたびに確認してしまうのだ。私の、彼に対する思いを。
まだ、捨て切れていないのだ、と。
「お前こそ・・・そのはちゃめちゃさで彼氏困らせたりしてねぇだろうな。じゃじゃ馬も程ほどにしねぇと愛想尽かされちまうぜ。」
「わ、分かってる・・・わよっ!」
ずきんと、一際胸が痛んだ。それは、恐怖にも似た不安。嫌われるかもしれないという、恐怖。
彼氏に、ではない。目の前の彼に嫌われてしまうのではないかという、恐怖。
矛盾が罪悪感となってまとわりつく。あぁ、また再確認してしまう。忘れたかったのに。どんどん掘り起こされてしまう。捨てると決めた、思いを。
じわりと涙が滲む。それを見られたくなくて、咄嗟に顔を俯かせた。
「わ、わりっ、別に本気じゃねぇからそんなに落ち込むなって。いいところもいっぱいあるんだからさ、自信持てって、な?」
俯いた私を泣いたと勘違いしたのか、慌てた声が降ってくる。
「別に泣いてないわよ。」
「・・・声、かすれてんぞ。」
「・・・うるさい。」
もとからこんな声よ。と言ったらうそつけ!と間髪いれずに返ってきた。
ちょっとその会話が楽しくて、くすりと笑う。エドもそれに気づいて、安堵して息をついたような気配がした。
彼は優しい。出会ったときからどんなに関係が変化しても変わらずにある優しさに、私はまた泣きそうになった。
残酷だ。優しさに触れるたび、彼は私の中に入り込んでくるのだから。
そしてまた私は喜び、そして傷つくのだ・・・。
***
最初の出会いはよく覚えていない。
ただ、成り行きで見た映画の切なさは、自分と重なってよく覚えている。
旅立つ日、好きだと気持ちを打ち明けた私に、彼は苦しそうな顔をしながら、ごめんと言ったのだ。「ごめん。俺には彼女がいるから」・・・と。
まるで一緒に見た映画のワンシーンのようなそれに、壊れたように笑いたくなった。そして思った。悲劇のヒロインなんか、なりたくないと。
だから、2回目、再会したときに言ってやったのだ。「私も彼氏が出来たのよ。」と。
それは後ろめたそうにしている彼を気遣っていったのかもしれない。それとも、単なる自分の見栄かもしれない。忘れると誓った自分への、戒めだったのかも、しれない。
けれど確実に、かみ合わなくなった歯車は、ここから勝手に回りだしたのだ。
自分に、相手に、全てに嘘をついて作り出した今の自分を、必死で守りながら。
そしてそれは、今でも続いている。
「さて、そろそろ行かなきゃ。これから彼とデートなの。」
「そっか・・・可哀相な彼氏を待たせちゃいけねぇよな。」
「・・・ちょっとそれどういう意味よ。」
失礼な言い草に半眼で睨みつければ、彼は涼しい顔に意地悪をめいっぱい写して「別に?」とのたまった。
何となくその態度がむかついて、彼の胸に向かってパンチを繰り出してみる。
おっと。という大して驚いてもいないわざとらしい声とともに、私の冗談交じりの、でも半分本気の攻撃は左手でやすやすと受け止められてしまった。
私の手を包み込んでしまうほど大きな手。じんわりと伝わるぬくもり。
つきんと胸が痛んだ。このぬくもりは、私じゃない誰かのためのものだ。
触れていいのは、彼女だけ―――
そう思った瞬間、ぱっと私はそこから離れた。
繰り出したパンチをもう片方の手で押さえ、あとずさる私に、彼は不思議そうに止めた手と私を見比べている。
「おい、?」
「あっ・・・あ、んたねぇ!」
「うおっ、なんだよ?」
どうしようもなく痛み出した胸と、喉の奥まできた苦いものを必死で飲み下しながら、私は精一杯の虚勢をはる。
気づかれてはいけない。これは、私の一方的な思いなのだから。
そして私は、パンクしそうな頭で必死に思考を巡らせた。
「男だったら乙女のパンチは甘んじて胸で受けなさいよ!」
「はぁ?バッカ言え!お前のパンチ受けたら骨が折れちまう。」
「なんですってぇ!?」
ぽんぽんとテンポよく交わされる言葉の応酬。
胸の中に渦巻いているこのどうしようもないほどの思いを見せまいと、私はわざとそう振舞う。
言葉が乱暴になってしまうのは、この思いを隠し通すためには仕方のないことだった。
けれどそれが余計に自分を落ち込ませる。あーあ、なんて可愛くないんだろう、と。
「あーやめやめ!あんたに付き合ってたら日が暮れちゃうわ!」
「そりゃこっちのセリフだ!」
2人同時に盛大に嫌な顔をつき合わせ、私は踵を返した。
そして軽く自己嫌悪に陥る。あーあ、ホント、なんて可愛げのない女なんだろ。目が合えば喧嘩をしかけ、口を開けば憎まれ口。テンポのいい会話は楽しいけれど、けれどこれは私が望んだ形じゃない。
一時でも夢見た関係には、遥かに遠い。すごく、すごく、遠い―――。
初恋が、なんであの人なんだろう。と、この世の理不尽さに文句を言いたくなる。
「初恋は実らない」なんてジンクス、馬鹿らしいと鼻で笑ってやったのに。
結局、その通りになってしまっているのだから、笑えない。
もっと別の人を、好きになっていればよかった。
そうしたら、こんな苦しい思いはしなくてすんだのに。
1歩2歩と彼から離れていく。1歩ごとに胸は締め付けられていく。
あぁ、これでまた会えない日々が続く。そして私はこれからもずっと、嘘で塗り固めた自分で生きていくのだ。
じわりと目の前の景色が揺れたとき、後ろから声が聞こえてきた。
「おい!」
「・・・・・・なによ!?」
もうこれは反射的動作なのか。
滲み出てきた涙は瞬時に引っ込み、振り返ったときにはいつもの生意気な女の子になる。
私、そこらの女優より演技力があるのかもしれない。と、こういうときに思う。
「彼氏に愛想つかされたら、俺がもらってやってもいいぞ!」
「・・・・・・・・・・・・はいぃ!?」
尊大な態度で言われた言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
今、あいつは大声でなんていった・・・?
しばらく状況が理解できずにそのまま何も言えずに立ち尽くしてしまう。じわじわと、言われた意味を理解してくると、顔が少しずつ赤くなってくるのが分かる。妙な高揚感で、現実から離れてしまったような気がした。今の言葉、本気で受け取ってもいいの・・・?
が、あっけにとられた顔が面白かったのか、当の本人はいたずらが成功したときのような顔で笑っている。
あ、今なんかちょっとむかっときた。
まさか、からかわれたのだろうか。
「・・・そっちこそ、彼女に振られたら、しょーがないから私が引き取ってやるわよ!」
悔し紛れにそう返したら、一瞬あっけにとられたような顔をしてから、彼は楽しそうに笑った。
「へっ、どっちが早いんだかな!」
「見てなさいよ!絶対頭下げさせてやるんだから!」
びしぃっと指をさして勝利宣言をしたあと、私は待ち合わせ場所に向かって駆け出した。
***
リクエスト内容:お互いに彼氏彼女がいる設定
ちょっと反則チックかもしれませんが(苦笑)
というわけで、大変遅れて申し訳ございません。まだ見ていていただけているか分かりませんが、キリバン30000Hitを申告してくださった 羽月神無さまに贈らせていただきます。羽月さまのみお持ち帰りください。
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