またやってしまった。
アレンは傷の疼く自分の左手を眺めてため息をつく、一緒に任務に出ていた神田がちらりとアレンを見やり、興味なさそうにすたすた歩く。
アレンの脳裏に浮かぶのは、ヘルメットを被り眼鏡を妖しく光らせ巨大なドリルを手にした科学班室長の姿。
憂鬱な気分で坂を上ると教団本部が見えてくる、天候は相変わらずとても悪い、そんな中誰かを待つ様にして立っている少女の姿、だ。
神田が彼女の姿を瞳に映してどういう訳か舌打ちをする、アレンは自分を見るの瞳がひどく悲しそうで、それはこの腕の所為だと苦笑する。
だらんと力無く垂れた左腕、イノセンスが寄生した奇怪な左腕、傷が疼く。
「おかえりなさい、アレン、神田くん。」
またこの手を壊してしまった。
Prayer with your soft
arms
流石に長期の任務で疲れたのか、アレンはため息混じりにベッドに腰を下ろす。
アレンがコートを脱ぐのを手伝ったは、ひどく血にまみれているそれに嫌悪感を見せることなくハンガーにかけた。
「おつかれさま」
労いの言葉をかけると、アレンはにこりと笑う。
その笑顔に混じっているモノはなんだろう、心配をかけていることの罪悪感か、もう怪我をしないと言ったのに腕を壊してしまった懺悔か、はたまたその傷が疼くのか。
「ただいま、」
この会話をするといつもほっとする、も笑顔になる。
案の定ふわりと笑ったはすぐに紅茶を蒸して、それをマグカップに入れてゆっくりと手渡す。
ティーカップでは、今利き手が使えないアレンが不自由してしまうだろうから。
あぁだ、のこういう気遣いがたまらなく優しくて、………少し苦しい。
「どうぞ」
そっと両手で包み込み様にしたから右手で器用にカップを受け取ったアレンは、そのふわりとした香に微かに笑みを零した。
「ありがとうございます。」
丁寧に礼を言って、ゆっくりと一口口にする。
はアレンの隣にゆっくりと腰掛け、また零してしまわないようにとマグカップを受け取りテーブルの上に置いた。
「……痛い?」
揺れるの瞳、とても深い色で見つめられると溺れてしまいそうになる。
悲しそうに尋ねてきたに、アレンは無駄だとは思いつつも苦笑を浮かべた。
「大丈夫ですよ、不思議と痛みはあまり無いんです。」
僅かにの顔色が晴れる。
だけどまだ別の何かが心に引っかかっているのかアレンの顔を覗き込んだまま瞳を反らそうとはしなかった。
「今日の任務は大変だったの?」
「…AKUMAの数が多くてちょっと手こずっちゃいました。」
「神田くんは怪我しなかったの?」
「神田は強いから。それに帰ってくるまでに怪我も完治しちゃったみたいです。」
もし僕も神田と同じような体質だったら、
ボロボロのまま教団に帰ってきて、に心配をかけることはなくなるのだろうか。
怪我をした自分を見るたび瞳を反らさず、だけどどこか悲しそうに笑うをもう、見なくてもすむのだろうか。
それともこんな事を考える自分を、神田に失礼だとは叱咤するのだろうか。
分からない、いつもとても彼女は突拍子のないことを言い行動するから……分からない。
「そっか、まったく2人とも無茶しすぎなんだから」
ため息混じりにそう言って、はもう一度アレンの左腕を見る。
他人より倍近く大きな手、骨が外れているのかだらしなく垂らした腕、赤い赤い血の色、埋め込まれたイノセンスの十字架。
今は動かすことも出来ないのがとても痛々しくて、は瞳を伏せる。
「そんな顔しないでください、すぐにコムイさんに修理してもらいますから。」
を安心させる為にそう言う。
コムイ直々の治療は本当は勘弁して欲しい、出来ればほっといて欲しい。
でもがこんなに悲しい顔をするなら、仕方がないと思った。
だけど。
だけどはアレンの言葉によりいっそう、表情を悲しくさせた。
「…………どうして…?」
が唇を噛む、伏せた瞳を辛いのかぎゅっと瞑る。
ベッドの上のの掌が拳を作り、ぐっと力を込められて震えている。
「……どうしてそんなこと言うの」
「え…?」
何を言われているのか分からないアレンはポカンと口を開けを見つめる。
怒っている?悲しんでいる?どちらもだ。
「……壊れた、じゃないでしょう、……修理じゃないでしょう」
歯をぎりっと言わせたは勢いよく顔を上げる。
涙を堪えているのか潤んでいる瞳、だけど表情はきつく、とても真剣だ。
は迷わずアレンの左手を掴む、そしてアレンの顔面に突き出す。
「……っ痛」
に強く握られたことで左腕に痛みが走る。それでもは彼の左腕を離さない。
「この手も、こっちの手も−−−−−−−−−−生きてるでしょう!?」
悔しそうに身体を支えるアレンの右手を見て、それから“こっちの手”と言って強く赤い腕を握りアレンに見せる。
の行動の意味が分からなくてポカンとしていたアレンも、次第にが見ていられなくて瞳を反らした。
彼女が言いたいことに気づいたのだ、あぁ、またやってしまった。
「壊れたんじゃないの、怪我をしたの。
修理するんじゃないの、治療するの。
例えイノセンスが寄生してても、普通の人と違っても、この手はアレンの手で、ちゃんと生きてるのに」
どうして、まるで物みたいに言うの?
どうして、まるで道具みたいに扱うの?
「そんな風に言ったら、可哀想だよ…」
アレンも、アレンの腕も。
はそう苦しそうに言って、小さく謝ってアレンの左手を解放する。
怪我をした腕を乱暴に掴み、握りしめてさぞかし痛かっただろう。
だけどアレンは悲鳴すらあげることなく、の言葉を聞き続けた。
思わず反らしてしまった瞳を、黙り込んでしまったに向ける。
「……」
泣いていた。
アレンの腕を可哀想だと言ったは、唇を噛んで泣いていた。
「…………っ」
これはきっと悔し涙だ。
自分の腕をまるで物の様に言ったアレンへの、悔し涙だ。
は涙を止めようと片手で目頭を押さえるが、それはなんの効果も得られない。
一瞬ためらって、アレンは右手でを引き寄せた。
あぁもし左腕で彼女を抱くことが出来たら、きっとを喜ばせることが出来るのに。
力を入れることすら出来ないこの左腕は、だらんと垂れたまま。
「……ごめんなさい。」
の呼吸が荒くなる、漏れる嗚咽を必死に押さえようとしている。
彼女の身体を自分の方に押しつけると、不思議と距離を近くに感じた。
は必死で手を伸ばす、そして彼の背中に絡みつける。
生きてる、生きてる、アレンは生きてるのに。
「私は……っ、アレンが好きだよ、全部、」
離したくない、離れたくない、傍にいたい、苦しい時には縋って欲しい、悲しい時には泣いて欲しい。生きてて欲しい。
「アレンの髪も、顔も、声も、腕も、指も、全部好きなの…っだから、」
全部好きなの、全部生きていて欲しいの。
なのに腕だけ、道具みたいで。
頭を撫でてくれる、涙を拭ってくれる、抱きしめてくれる、繋いでくれる。
そんな腕だけ武器だなんて、耐えられない。
「ごめんなさい」
「……生きてて、欲しいの」
生き物であって欲しいの。
両手がアレンには必要なの。
両腕がないと抱きしめられないでしょう、祈れないでしょう、手と手と手と手を絡められないでしょう。
「ごめんなさい、」
何度謝っても足りない。
こんなに自分を想ってくれる人をあぁまた、傷つけてしまった。
アレンはなんとか左腕に力を込める、だけどどうしても動いてくれない。
考えたこともなかった。
この腕が、イノセンスに寄生されたこの腕が“生きている”だなんて。
だけどはこの腕さえも、愛しているからと。
こんなに気色悪く、血塗れの腕なのに。
「もう言いません、もう言いませんから、だから…」
が肩に顔を埋める。
まだ泣いている、震える身体を強く抱く。
零れる言葉、アレンの表情が泣きそうになる。
生きている。
人に認められて初めて、その腕は生きる存在となるだろう。
「…泣かないでください」
ずっと生きているとそう、傍で囁いてください。
にそう言われることで、この赤い腕は生きる意味を持つ。
「‥もう言いませんから、‥だからこれからもずっと」
この腕を 愛していてください
どんなに他人から畏怖され忌み嫌われても、兵器を倒す兵器でも、
が好きだというのなら、それは生きている優しい腕になる。
は強く頷く、言葉にしたいのに声が出ない。
伝わった、ちゃんと気づいてくれた、嬉しくてそして、少し何故か哀しくて。
「――――――――――――ん…。」
小さな声がの口から漏れる、安心してアレンは嘆息する。
ずっとは苦しんできたのだろう、自分が壊れたという度、修理という度、物の様に扱う度。
「ありがとうございます。」
そんな想いにさせていたことを哀しくも想うし、苦しくも想うし、
……愛しくも想う。
の存在がいつも、アレンを救い、
そして生きていることの何よりの証明になるのだ。
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“aglaia”の水野皐月様へ!1万HITおめでとうございます!(せめてここだけでも明るく;)
折角のお祝いなのに暗くてすみません…書いたの一昨日なのにUPするのを躊躇っておりました…。
最初は全く別の話だったのですが…“腕を壊した”とタイプした瞬間になにやら違和感を覚えて急に変更。
すこしでも皐月さんに喜んでいただけたらやれ幸いです、大好きです、愛してまーす(告白)!!
それでは!この度は本当におめでとうございました!
そしてこれからもどうぞどうぞよろしくお願いいたします!大好きです!!
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“ポロメリア”の羽架さんからお祝い夢を頂いてしまいました・・・!
リクエストしたときに「腕ネタで!」と言わなかったのに、私の心を読んだかのように腕ネタを書いてくださいました。
自分の腕なのにまるでモノのように言うアレンの言動・・・私の感じた違和感を余すことなく表現してしかも怒って下さって・・・!
もうこれは運命というか愛の力かと(やめなさい)
んもう羽架さんのアレンとヒロインは大好きなので嬉しいです・・・!私の密かな理想なのです、この2人の関係って。
私も大っ好きです!愛してます!!(告白返し)
素敵な夢をありがとうございました!