ぱしゃぱしゃと雨が跳ねる。
その中を、は小走りで図書館へと向かっていた。
もうすぐ日が暮れてしまう。それよりもっと前に、図書館は閉館してしまうだろう。
(急がなきゃ)
上がってきた息を整える暇なく、はかけ続けた。
図書館に着いたのは、閉館10分前だった。
間に合ったことに安堵しながら、目的の棚へ急ぐ。
イーストシティにはエドワードたちと旅をし始めてから何度か訪れているため、配置図は何となく把握していた。
錬金術のコーナーへとたどり着いたは、早速キメラについての文献を探し始める。
もうすぐで閉館してしまう。その前に見つけなければならないため、中身を吟味している余裕はなかった。
題名だけで中身を推測し、手当たり次第に引っ張り出す。
その中からさらに中身をぱらぱらと見て目的の知識があるものにあたりをつけ、素早く貸出手続きをし、図書館を出た。
***
空には相変わらず重く低い雲がたちこめていた。
そこから落ちてくる雨は、日が暮れてきているため、だんだんと冷たいものになっていき、容赦なく体温を奪っていく。
本が濡れないように守りながら宿に着いたは、一目散に部屋へと戻って行った。エドワードたちにはドア越しに帰ったことを告げて。
机に本をどさっと置き、一気に脱力したはばふっとベッドに倒れこむ。
レインコートを着ていたおかげで、体が濡れるということはない。しかし、冷え切っているのは事実だった。
自分の身体を両手で抱えるようにし、ぶるりと体を震わせたは、毛布を引っ張りだし、頭からかぶった。
そして早速机に向い、本を開く。
はキメラについてはほとんど知らない。
概論としてどんなものかは知っているが、どのように錬成するのか、といった工程はまったくわからなかった。
全く未知の領域であるキメラについての専門書は、にとっては今までの何倍も難しく感じた。
しかし、やらないわけにはいかない。自分は、決めたのだ。
ニーナたちを元の姿に戻すと。
明るい光の下、元気に笑っていたニーナを思い浮かべた。
取り戻したい。あの笑顔を。
ぐっと目を閉じていたは、目を開き、「よし」と気合を入れ、難しい言葉の羅列との戦いを開始したのである。
***
気がつけば、夜が明けていた。
顔をうずめていた腕の隙間からかすかに光を感じて、エドワードはそれを知った。
あれから、どのくらいの時間そうしていたのだろう。長かったような気もするし、短かったような気もした。
何かを考えていたような気もするし、何も考えていなかったような気もした。
何もかもが、あやふやだった。
ぼんやりと顔を上げると、向かいのベッドに弟のアルフォンスが静かに座っているのに気がついた。
視線を感じたのか少し身じろぎをし、アルフォンスは小さな声で「兄さん」と呼んだ。
こちらを気遣うように恐る恐る声をかけているのが手に取るように分かって、エドワードは申し訳なくなる。
自分は兄なのに。弟に気を使わせているのが情けなかった。
しっかりしなければならない。いつまでもこうしてはいられない。
エドワードはようやくベッドから立ち上がった。
窓の外は、昨日と変わらず雨が降り続いている。
「兄さん?」とまた小さく声が聞こえた。そちらに振り返って、エドワードは少しだけ笑んだ。
「行くか。」
夜は、明けたのだから―――。
「どこに行くの?」
「大佐のとこ。あれから何か分かったことがないか。これから・・・ニーナやタッカーがどうなるのか。聞かなくちゃだろ。」
「兄さん・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あいつの言うとおり、いつまでもへこんでるわけにゃいかねーからな。」
「・・・うんっ!」
心配そうな声が少しずつ元気になっていくのに安堵しながら、エドワードは身支度を整えると部屋を出た。
「あ・・・兄さん、には・・・。」
「あぁ、そうだな・・・。まだ朝も早いし・・・寝てるのを起こすのもな・・・。」
「でも伝言くらい残して行こうよ。心配するよ。」
「だな。んでもって思いっきり怒られそうだ。」
部屋を出たところでそんな会話を交わした兄弟は、足音を忍ばせての部屋の前に立った。
少しだけ聞き耳を立ててから、控え目にノックをする。
が、返事はなかった。
兄弟は目を見合わせると、少しだけ困ったように目じりを下げる。
女の子の部屋に無断で入るのは、どうしても気が引けるのだ。
しかし、眠っているだろうを起こすのは忍びない。
意を決すると、エドワードは慎重にドアノブを回した。かすかな音ともにドアが開く。
ヲイヲイ鍵くらい閉めろよ・・・と思ったが、とりあえずおいておく。また後日注意しよう。
少しだけ開いたドアから部屋の中をのぞけば、いると思っていたベッドは空だった。寝た形跡すらない。
驚いてドアを大きくあけると、はいた。
机に突っ伏すようにして、静かに寝息を立てている。
きちんといたことに兄弟は我知らずほっと安堵の息をついたあと、ひとりは眉をよせ、ひとりは呆れたように息をついた。
「ったらあんなところで寝ちゃってる・・・。」
「まったく、風邪ひいてもしらねぇぞ。」
毛布を取りに行くのを弟にまかせ、エドワードはの側へと歩みよる。
そして、確実に寝ていることを確認すると、机の上のものを見て眼を見開いた。
「・・・っ、これ・・・。」
「兄さん?どうしたの?」
驚愕の表情で机の上を凝視している兄を不審に思い、アルフォンスが歩み寄る。
そして兄の視線の先を追い、彼もまた顔を驚愕で染めた。
兄弟の視線の先には、小難しい本の数々と、書き散らされたメモの数々があった。
その内容が分からない兄弟ではない。一瞬で、がやろうとしていたことを見抜いた。
「・・・ニーナたちを元に戻そうと・・・。」
そのまま喉を詰まらせたように言葉を失うアルフォンス。
エドワードはの腕の下にある紙を1枚抜き取り、内容に目を走らせた。
そこには、つたないながらも一度合成されたキメラを元に戻す方法を模索した跡が見受けられた。
書いては消され、また書いては消されている・・・。その様子から、彼女の苦心が感じ取れた。
彼女はまだ半人前だ。基本的なところは押さえ、錬金術を使えてはいるが、まだまだその知識は豊富とは言えない。
ましてやこれまで全くと言っていいほど学んでこなかったキメラについての分野なんて、未知の領域だっただろう。
それなのに、彼女は彼女なりに、何とかしようと思っていたのだ。自分がふさぎこんでいた間にも。
「・・・ったく、かなわねぇなぁ・・・。」
守ってやらなければと思っていた。
初めて会ったころの彼女はとても不安定で、支えなければと思った。
一緒に過ごすようになって、年上だということを疑ってしまうくらいに彼女の言動は子供っぽくて。
発想が突飛で振り回されてばかりで、方向音痴で、雷が大嫌いで。
そんな彼女を見ていると、自分がしっかりしなければと思う。
けれど、
彼女は時々、ハッとするほど強くて、大人に見えるときがあるのだ。
笑顔に励まされて、優しさに癒されて、どんなにつらい時でもまだ大丈夫だと思わせてくれる。
いつだって、希望をくれる。
エドワードは、眠るの頭をくしゃっとなでた。さらっとした髪の感触が心地よい。
アルフォンスがに毛布をかけるのを横目に見ながら、エドワードは素早く近くの紙に書置きを残した。
彼女の努力に、思いに、応えなければならない。
「行くぞ、アル。」
「うん。」
そうしてエドワードたちはの部屋をあとにし、イーストシティの司令部、捜査本部に向かったのだった。
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