(どーしてこうなったんだろう・・・)
私は混乱と緊張のあまり働かない頭で、そう考えていた。
ちらりと視線を上げると、そこには彼の顔。
真剣にメニューと睨めっこしている。
まさか、こんな展開になるとは、想像もしていなかった。
***
「今日はここで食べるのか?」
そう聞かれて私は混乱したまま「うん。」と答えた。
ついでに、今日は親が出かけてるから、家に帰ってもご飯がない。と注釈をつける。
それに納得したように頷く彼。
そして、
「じゃ、一緒に食べねぇ?」
と何気ない風に言われた。
それを聞いた瞬間、驚きのあまり頭がショートする。
い、一緒に食べる!?嬉しい。ものすごく嬉しい。
それに私が2つオーケーで返事したのは言うまでもない。
***
が、今は少し後悔していた。
いや、この状況は嬉しい。ものすごく嬉しい。
何よりも、彼のほうから誘ってくれたのが嬉しい。
たとえ、それが友人としての誘いでも、そんな理由は私にとってさして重要ではなかった。
でも嬉しい反面、ものすごく緊張している。
今までは朝の挨拶や読書の合間など、ごく短い時間に簡単な会話をするだけだった。
それが今は、食事をしながら長い時間話すことができる。
嬉しいのに、今までにないシチュエーションに戸惑いがある。そしてその戸惑いは、また緊張感を増幅させる。
会話を持たせることができるだろうか。面白い気の利いた受け答えができるだろうか。
一度噴出した不安は、決して止まってはくれない。
「俺は決まったけど、決まったか?」
「え?あ、うん。大丈夫・・・。」
「よし、じゃあ呼ぶぞ。」
そして彼は丁度通りかかったウエイトレスを呼び止める。
義務的な口調と笑顔で振り返った彼女に、彼は手早く注文をした。
それに乗じて、私もなるべく手早く注文する。
注文を繰り返し、「少々お待ちください」と決まり文句を言って、彼女は去っていった。
「っあ〜、疲れた〜。」
彼はそう言って机に突っ伏した。
ぐでっとのびている彼の様子に、思わず笑みがこぼれる。
私が笑ったのが気配で分かったのか、ちらりとこちらを見てから、彼は大儀そうに起き上がった。
気に障ったかと不安になり、私は慌てて浮かんだ笑みを引っ込める。
しかし、彼は気にしていないように、今度は伸びをしたり身体をひねったりしていた。
安心して小さく息を吐き、心の中で苦笑した。
ちょっと神経質になりすぎているのかもしれない。
「こー毎日毎日同じ体勢でいるとさすがに疲れるよな。」
「そうだね。」
「あー、眠て〜。」
そう言いながらまた突っ伏す彼。
その仕草があまりにも幼くて、微笑ましい気持ちになる。
表面上は穏やかな顔ができているだろうか。
微笑ましさに頬を緩ませている反面、頭は気のいい受け答えをしようとフル回転していた。
が、いまいち成果が上がっていない。やっぱり、上手くいかない。
気の利かない受け答えで彼に退屈な思いをさせたくない。
嫌われたくない。
私は必死で沈黙だけは作るまいと頑張っていた。
「あ、そういえばさ。弟君は?」
「ん?あー、あいつは・・・食欲がないんだと。」
「あ、そうなんだ。」
―――終了
(終わらせてどうするのよ〜!!)
折角の話題をものの3秒で終わらせた自分にひどく腹が立つ。
仕方ない、次。
「2人は、この町に住んでるの?」
「いや、俺たちはずっと旅してるんだ。だから、今回たまたま寄っただけ。」
「あ・・・そうなんだ。旅か・・・凄いね。」
「何が?」
「だって、まだ私とそう違わないくらいの年なのに・・・」
「そうか?」
子供だとかあんまり気にしたことないからなぁ・・・と視線をさまよわせながら彼は言う。
それを見ながら、私の頭は情報を必死に整理していた。
『彼らはこの街の住人じゃなかった。』
その事実に、がっかりしている自分がいる。
もし、この街の住人なら、またここ以外のどこかで会える可能性があると思っていた。
だから、この町の人であるようにと、心のどこかで願っていたのだ。
だが、その淡い期待はあっさり裏切られてしまった。
「旅って、錬金術の研究のため?」
「ん・・・まぁ、そんなとこかな。」
私の質問に、彼は歯切れ悪く苦笑しながら答える。
その様子に、私はあまり触れて欲しくない話題なんだと悟った。
「そっか」と呟いて、もうそれ以上聞かないことにする。
「旅してるってことは、宿に泊まってるんだよね。」
「まーな。」
「どこに泊まってるの?あ、もしかしてここから一番近い宿?」
「いや、軍のホテ・・・」
その瞬間、彼の表情が固まった。
いかにもしまった!って顔をしている。
私はそのいきなりの変化に、首をかしげた。
「あ、いや、実は俺軍にちょっとした知り合いがいてさ、それで」
「あぁ、そうなんだ。確かに関係者には安いよね。」
「そ、そうそう。」
あはは〜と2人で笑いあう。
・・・とても微妙な空気になった。
「・・・あの、私別に軍の人嫌いじゃないから、そんなに気にしないよ?」
「そ・・・っか。よかった。」
それを聞いて安心したのか、彼の顔がほっとしたように緩む。
そうしたら、自分ひとりで焦っていたのを自覚したのか、彼の顔が赤くなった。
視線をそらしてちょっとした自己嫌悪に陥っているらしい彼を見て、思わず笑いが零れる。
今度は拗ねたように睨まれても、不安には思わなかった。
そのままたわいのない会話をしていると、注文した料理が出てきた。
2人ともおなかをすかせていたため、しばし黙々と食べる。
食べながら、私はこれまでの会話を反芻し、嬉しさに浸っていた。
こんなに沢山の時間、彼と話せるなんて思わなかった。
だって、すっと横目で見ていただけだったから。
こんなに、彼のことを知れるとは思わなかった。
昨日までは、名前だけで十分だと思っていたのに、今ではそれ以上を知り、もっと知りたいと貪欲に思う。
どんなことでも知りたい。
些細なことでも、ちょっとした癖でも。
その分だけ、あなたに近づけた気がするから。
(ん?待てよ・・・?)
会話を反芻していた私の手がぴたりと止まった。
ふと思い当たったことに、ざっと血の気が落ちる。
突然青い顔をしてぴきっと固まった私に彼が不思議そうな顔を向けるが、あまり構ってられなかった。
思い当たった事実がショックで、現実が遠ざかる。
どうしてさっき気づかなかったんだろう。
旅をしていると言うことは、この町の人じゃないってことは、いつか、この町を去っていくと言うことだ・・・ということに。
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***
もう10話。
ショート連載のつもりが、もう2桁・・・。
しかもこれからが書きたいところって言うこののろまさ・・・orz
私が連載しか書かないのは、まとめる能力がないからだと悟りました(遅)