確かめよう―――

それが別れの、序曲でも。
きっと、知らないよりは、ずっといいから。

きっとずっと・・・いいから―――





***





結局ほとんど眠らないまま、私はいつものように図書館へ向かった。
でも、不思議と眠くはない。
こんな感覚は受験に行く朝以来だ。
頭で幾度となく繰り返すシュミレーション。
どんな風に切り出そうか。どんな風に聞こうか。
彼の答えに、どんな反応を返そうか。
そんなことを、道すがら何度も何度もいろんなパターンを考えては繰り返す。
ふと、いくつものシュミレーションに共通点を見つけて、私は苦笑した。


私、さっきから「いなくなること」を前提にして考えてる―――


彼の前で泣きたくはないから、どうしたら泣かないかを考えて。
我侭を言って困らせたくはないから、言ってはいけないセリフを考えて。
いなくなってしまう事実を、どう自分に納得させるかを考えて。
あぁ、そうだ。
最後の言葉は、どうしよう・・・?


きっと、自分でも気づいてるんだろう。
『もしかして』は、ありえないことに・・・。





***





沢山沢山シュミレーションしても、結局、最初の一歩はなかなか踏み出せない。
(あぁ、なんて自分は意気地なしなの・・・)
今はもう昼近く。
私たちはいつものように各々本を読んでいた。
ちらっと横を見れば、もう見慣れた彼の姿。
昨日も、その前もずっとずっと見てきた姿だ。
でも、どう話しかけたらいいのか分からない。
それも、当然だ。
だって、今まで私から話し掛けたことなんてなかったのだから。
いつもの会話は、彼から始まっていた。
最初から、今まで、ずっと。
それが私にとっては当たり前で、いつもだった。
いつもと違うことをやるには、覚悟がいる。
今回は場合が場合なだけに、相当の覚悟がいる。

結局、閉館の時間が来るまで、いつもを崩すことはできなかった・・・。





***





(あぁ・・・自分の意気地なし、根性なし、駄目人間〜!!)

等々自分自身を思いつく限りの言葉で罵倒しつつ、とぼとぼと図書館を出た。
あれだけ悩んで考えたのに、結局実行できなかった。
あぁ、夕焼けが眩しい。夕焼けにまで責められてる気分だ。
(また明日・・・頑張れる・・・か?)
そうやってどんどん先延ばしになりそうな気配に、ため息をついた。


人もまばらな帰り道、ふと彼の声が聞こえた気がした。
それまで俯いていた顔をがばっと上げ、きょろきょろと見回す。
(いた・・・!)
案外目的の彼はすぐに見つかった。
50メートルほど先で、弟君と何か喋っている。
しばらく見ていると、弟君が彼に手を振って角を曲がっていった。
それを見送っていた彼が、ふとこちらを向く。

視線が、合った。


「・・・よっ、今日も一日お疲れさん。」

「お・・・お疲れさまです・・・。」


(こ、こっち来る〜!!)
目が合った瞬間から緊張で身体が固まり、頭がパニックを起こしている。
心拍数が上がり、顔が赤くなったのが自分でも分かる。
夕暮れで良かったと心から思った。


「帰り道こっちなのか?」

「あ、うん。そう・・・です。」

「そっか。」


じゃあ・・・と彼は笑った。


「途中まで一緒に帰るか。」





一緒に帰るか。というセリフを、私は期待していたのだと思う。
しかし、それが叶ってしまうと、嬉しさなのか緊張からかまた心臓が高鳴った。
さっさと歩き出す彼の少し後ろを、なるべくいつものようにと意識しながら歩く。
特に、手と足が同時に出ないように、細心の注意を払った。
そのまま会話もなくさっき彼らがいた場所を過ぎ、弟君が曲がった角をそのまま直進する。


「え、あれ?」

「? どした?」


てっきり角を曲がると思った私は、思わず声を上げてしまう。
その声に反応した彼が、私のほうを振り返った。


「え・・・いや・・・あの、さっきそっちに弟さんが・・・」


しどろもどろで言う私の言葉に納得したのか、彼が小さく「あぁ。」と頷く。


「いいんだよ。あいつは買出しに行ったんだ。」

「買出し・・・?」


何のための?と聞きそうになって、口をつぐんだ。
嫌な予感が脳裏を過ぎったからだ。
ホテルに泊まっているのに、どうして買出しが必要になるだろうか。
おつかいでもなく、寄り道でもなく、『買出し』という言葉が使われたのは、なぜだろうか。
答えは、すんなりと出た。
聞きたい。聞かなきゃ。
でも、怖い。
それでも、決めたじゃないか。

決めたじゃないか―――

緊張からか震える身体を叱咤し、精一杯なんでもない風を装って。


「どうして・・・買出しを?」


震えを必死に押さえ込んで絞り出した声は、ともすれば消え入りそうなほどに小さかった。
押さえたはずの震えも、声と一緒に相手まで届いてしまったようだ。
彼の足がぴたりと止まり、驚いたようにこちらを見た。
俯いたまま答えを待つ私の様子で、彼は私の考えを読んだようだった。
快活な普段の彼からは信じられないような穏やかで静かな声が、答えをくれた。


「あぁ。・・・3日後の早朝、ここを発つ。」


3日後―――
覚悟はしていたつもりだった。
ある意味、予想通りの答えだったのだから。
何度もシュミレーションをしたじゃないか。
何度も、答えを練習したじゃないか。
なのに、なんで、


(泣きそうな顔をするのよ・・・!)


“まず微笑んで、そして「そうなんだ。」と明るく返す”
悩みぬいた末決めた返事の仕方。
何度も練習した微笑み。


でも実際はそんな余裕は全くなくて、
泣きそうなのをこらえて浮かべた微笑みはぎこちなく、用意した言葉もかすれて風にさらわれてしまった。


告げられたタイムリミットは、あまりにも短かった―――










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***
準備が早いね、アル。と思ったのは私だけじゃあるまい。(雰囲気ぶち壊し)