“3日後、ここを発つ―――”

あとどのくらいの時間、私はあなたを見ていられるだろう・・・





あれからどうやって家まで帰ったのか、はっきりと覚えていない。
気づいたら、日も暮れた部屋でベッドに突っ伏していた。
覚悟はしていた・・・はずだった。
なのに、心が痛い。締め付けられたように胸が苦しい。
頭では理解しているのに、心が叫ぶ。
どうして行ってしまうの?
どうしてここにいてくれないの?

もう私は、あなたなしの“いつも”なんて考えられないのに―――





***





、フィズちゃんから電話よー!」


階下からお母さんの声が聞こえる。
でも、起き上がる気力も誰かと話す気力も、お母さんに返事を返す気力もなかった。
何もかもが億劫だった。
返事もしない私を寝てると勘違いしたのか、「あの子ちょっと寝てるみたい。ごめんねー。」という声が聞こえてきた。
心の中で、ごめん。とフィズに謝る。
今は、誰とも会いたくない。
そのまま、私は力なく目を閉じた。





***





ふっと意識が覚醒して、目が覚める。
いつの間にか寝てしまったらしい。
つけたはずのない電気がついていることに、疑問を覚えた。
母さんか誰かが、つけてくれたのだろうか。


「あ・・・起きた。」

「へ?」


頭上から聞こえてきた声に、私は驚いてがばっと顔を上げた。
そこには、フィズとレスタがいた。
にこにこと笑いながらこっちを見ている。

(・・・夢?)

とっさに私の頭に浮かんだのはそれだった。
だって、今日は集まる約束なんてしていない。
電話だってしてないし、今日はいつもの電話にも出てもいないのに、どうして2人がここにいるというのか。
ぽかーんとしている私を見て、2人はくすくすと笑った。


「ふふふ・・・びっくりしたでしょう?」

「え、うん、まぁ。ってかなんでここいいるの?」


その前にこれは現実?と半パニック状態に陥ってる私の頬を、唐突にレスタがつねった。


「いったーーー!!」

「ほーら、夢じゃないでしょ?」

「あのねぇ〜〜・・・そんなの口で言えばすむでしょう!?」

「だってそれじゃ証拠がないもん。」


ヒリヒリする頬を押さえながら涙目で言う私にレスタがしれっとした顔で返す。
それをフィズが笑ってみている。


「まあまあ。おば様から、あんたが最近おかしいって聞いたからさ。ちょっと心配になって様子見に来たってわけよ。」

「あ・・・そう、なん・・・だ。」


気づかれていた。
まあ、毎日ご飯も食べずに寝ていれば、嫌でも気づくか・・・。
でも、恥ずかしいやら嬉しいやら、よくわからない気持ちがこみ上げてくる。


「で?何があったの?全部話して見なさい。」


さあどんとこい。といわんばかりに笑う彼女たちを見て、ふわっと心が軽くなったような気がする。
緊張でこわばって、体温を失いかけた体が、暖かくなった気がした。
受け止めてくれる安心感。


「うん・・・実はね・・・。」


大きな暖かさに後押しされるように、私はぽつぽつと話し始めた。





***





すべてを話した後、2人は「そっか・・・」と呟いたまま黙り込んでしまった。
私は、話すことで思い出してしまった胸の痛みを、必死に押しとどめていた。
泣きたくない。人前で泣くなんて、したくはない。
強くあらなければと、小さいころに考えた自分への戒めだった。
勝手ににじんでくる涙をまばたきをすることで押さえつけながら、唇をかみ締める。


「告白・・・したら?」

「・・・え?」


静寂を破って、ぽつりとレスタが呟いた。
告白?
私が・・・彼に?


「無理だよ・・・。」


そんなこと出来るわけないと苦笑する私に、「なんで。」と追求するようなレスタの声。


「だって、私にそんな勇気はないもの。」

「何を諦めてんのよ。あんたの気持ちはその程度のものだったわけ?」


レスタの声が厳しさを帯びる。
そんな程度?


「・・・わかんない。」


その程度ってどの程度なんだろう・・・?
ふと私はそう思った。
いなくなるのは寂しい。悲しい。つらい。
彼の姿を見るといつもどきどきして、顔が知らぬ間に赤くなって。
話しかけられたらパニックになってしどろもどろになって。
そして何より、嬉しくて。
ずっと一緒にいたいと思う。心臓が壊れてもいいから、思考なんてまとまらなくていいから、ずっと視界のどこかに彼がいてほしい。同じ空間で、同じ空気を吸っていたい。当たり前のように朝の挨拶をして、それぞれ本を読んで同じ空間で過ごして、閉館時間になったら「また明日」と手を振って別れて。
そしてまた同じ明日が始まる。毎日、毎日。
それが私の“いつも”だ。かけがえのない、大切な。
そのためには、彼が必要不可欠なのだ。

好きです。

あなたがいなければ、私の“いつも”はありえないくらい。すべてがあなた中心で、馬鹿みたいにあなたの言動に振り回されて。
私のどこかに、必ずあなたがいるんです。
昨日に、今日に、明日に。
必ず、あなたの姿が必要なんです。
それくらい、あなたが好きです。
でも、


「告白すれば、いっしょにいてくれるの?」


ぽつりと呟いた私の言葉に、2人がハッと目を見開いた。
そのまま、私の顔を凝視する。
後になって、このときの私は、今までにないすべてを諦めたような、見透かしたような、静かな水面のような表情をしていたのだと聞いた。
見ていて、心が締め付けられるような、無表情だったと。


「告白すれば、彼は私と一緒にいてくれるの?・・・そんなはずはないと思う。
彼はきっと私が告白しても、受け入れてはくれない。彼には、もっと大切なものがあるから。」


そう。私には分かっていた。
彼らの旅には、とても大きな決意があると。
そうじゃなければ、兄弟2人で旅になんて出たりしない。
あんなに毎日のように熱心に本を読んだりしない。
夕方繰り返される「どうだった?」「今日も駄目」のやりとり。
あのときの焦燥感といらだちと、ほんの少しの諦めの色。
ただの趣味で、あんなに切羽詰ったような苦しい表情はしない。
ずっと今まで見てきたのだ。毎日、毎日。
嫌でも、分からないはずはなかった。


「それにね、私、今の関係で満足してるの。」

・・・。」


ふわっと笑って言ったのに、そんな痛ましい顔で見ないでよ。
ほんとに、今の関係で満足してるんだから。
最初は錬金術仲間だと思った。ちょっとした親近感を覚えて、ちょっとだけ興味を持った。
毎日のように現れる彼の存在が、いつのまにか当たり前になって、どうしてそんなに熱心なのか気になった。
そしてあの日、いつも見ているだけだった彼と偶然か必然か、ちょっとした会話を交わして、朝の挨拶が日課になって・・・
この前なんかは一緒にご飯まで食べた。
正直、友達のように話せる仲になれるとは思ってなかった。
そのまま各々目的を達成して、別れの挨拶もなしにふっと突然いなくなる。
通りすがりの赤の他人のように。
それに比べたら、たとえ友達としてでも赤の他人じゃなくなったことが純粋に嬉しい。
だから、友達のような今の関係で、私は満足しているのだ。
それ以上は望まない。望んじゃいけない。

このままでいい。
このままがいい。

私は今を、大切にしたい。


たとえこれが、情けない私の精一杯のいいわけでも―――










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切ないというオブラートに包んで、最大級にのろけてます。