その日、課題の資料集めのために、どうしても図書館を訪れなければならなくなった。
私の心は、重く沈んでいた。

図書館は、あの頃の“いつも”はもうないということを、再確認させられてしまう場所だから。
平気な顔をしてあの頃を振り返ることは、まだ出来なかった。
むしろ、忙しさでごまかして、心の奥底に押し込めたどうしようもない想いが溢れてくるのが怖くて。
それに押しつぶされる自分が容易に想像できて、情けなくも足がすくんだ。

それでも行かないわけにはいかない。
意を決して図書館に足を踏み入れた。
静かな雰囲気。人の息遣いと、足音と、本をめくる音が支配する場所。
全てが、あの頃のまま―――

嫌な緊張が私を包む。
あの場所を極力視界に入れないように。
彼のことを、極力思い浮かべないように。
無意識に向かってしまいそうな足を叱咤して、私は資料集めに没頭した。

それでも、本棚を見るたび、あの場所が鮮明に思い起こされて。
彼のことを思い出さずにはいられなくて。
足が向くのを、止められなくて。
気がつけば私は、またあの場所へ向かっていた。

視界が広がる。
あの日と変わらず陳列された本たち。
射し込む光。
人の気配のない、その場所。

あの人だけがいない。それ以外は変わっていないのに。
彼だけがいない。分かりきっていたのに、胸に走る痛みは止められなかった。

誰もいない昼下がりの図書館で、私は静かに涙を流した。





手短な本に手をかけ、引っ張り出した。
ぱらぱらとめくる。
懐かしい。と思った。
彼との思い出と一緒に封印した錬金術への思いが、記憶の奥底から浮上してくる。
それと同時に思い起こされる月明かりの情景。
彼の言葉。眩しい笑顔。

あぁ、そういえば約束したのだ、彼と。
錬金術を続ける・・・と。





そのとき、唐突に理解した。
彼の、最後の言葉の意味を。
「また」・・・という言葉の、本当の意味。
彼の真意。
あれはその場しのぎの言葉じゃない。いつかを見通した、約束だということに。
錬金術に携わっていれば、いつかまたどこかで会えると。
いつかまた2人の道が交わるかもしれないと。

それはあまりにも不確定で曖昧な約束。約束ともいえないような希望論。
信じるのは馬鹿らしいかもしれない。
そんなものに縛られずに、この先生きていく道もあった。
それでも、私はその道をとった。



錬金術を通じて、いつかまたあなたに会いたい。





これは一種の、賭けだった。


そしてそれは、彼がいなくなって、弱く脆くなっていた私を新たに支える柱となった。





それから私は、前にも増して錬金術の勉強に打ち込んだ。
平日は学校。休日は図書館。
忙しかったけれど、目標を見つけた私には苦ではなかった。

しかし、最初は彼に会いたい一心で再開した勉強も、時が経つうちにそれは純粋な錬金術への興味に成り代わっていった。
初心に戻ったようだった。純粋に錬金術に面白さを見出していたあのころのように。
そして彼が国家錬金術師と知ってからは、彼に追いつくことが目標になった。
いつか、彼と対等の位置に立ってやる。
そう心に決めて勉強に打ち込んだ。





最初の願いを忘れたわけじゃない。
いつか会いたいという思いは、変わっていない。
ただ、目標が大きくなっただけだ。
今度彼に会うときは、対等な立場で会いたい、と。


私の中では、これは自然な心境の変化だった。





***





やがて私は学校を卒業し、めでたくセントラルの錬金術学校への進学が決定した。
家族は大喜びだった。近所の人たち総出で祝ってくれた。





そして今日、私はセントラルへ旅立つ―――





「そろそろ行こうか。」


図書館から帰ってきた私を、父が笑って迎えてくれた。
それにうなづいて、荷物を持って駅へと向かう。


「元気でね。」

「頑張っておいでよ。」


口々にそう言いながら、見送ってくれる人たち。
家族はもちろん、そこにはフィズとレスタもいた。


「頑張んなさいよ。」

「休みになったら連絡頂戴。」


私はそれに笑って「モチロン。」と返した。





汽笛が鳴る。
私を乗せた汽車はゆっくりとプラットホームを滑り出た。
大きく手を振って見送ってくれる人たちに身を乗り出して振り返しながら、大きな声で「ありがとう」と叫んだ。

駅が見えなくなると、私は風を受けながら汽車の走る先を見た。
この線路の先には、この国の中心都市、セントラルがある。
どんな出来事が待っているだろうか。

私は期待と不安を胸にして、出していた顔を引っ込め、開けていた窓を閉めた。















いつかまたどこかで、私たちの道は交わるだろうか。
あの夜の約束が、果たされる日が来るだろうか。
不確定な未来は、まだ誰にも分からないけれど。
そのときの私は、あなたと対等な位置にあればいいと思う。





そしてまた、偶然の導く先で、あなたと出会えたなら。
そのときは笑って、久しぶりと言おう。


久しぶり―――また会えたね。


そんな未来を夢見て、私は一人くすりと笑った。










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***
これにて「初恋」完結です。
ご拝読、ありがとうございました。

全てを総じてのあとがきは、こちらで。


水野皐月 拝