「脚立、さんきゅな。」

「あ・・・いえ。」


使い終わった脚立を、ご丁寧に彼は私のところまで持ってきてくれた。
笑いながら言われた言葉に、俯いたままぼそっと答えるしか出来なかった。
頭の片隅の気丈な自分が「情けない!」と憤慨している。
ここは笑いながら答えるところだと冷静な自分が指摘する。
でも、実際の私は恥ずかしさが先に立って、思ったような行動が取れなくて、そんな自分が嫌になる。
そのまま何も言わずに立ち去ってくれ・・・!と心の中で念じた。恥ずかしくてたまらなかった。
でも、世の中思うようにはいかなくて・・・


「この前からよくいるよな。」

「え?」


思わず顔を上げた私の目に、彼の視線が重なった。
引き込まれそうな感覚に、ぴきっとまた身体が硬直する。


「この前からよくここで会うな、俺達。」

「え?えぇ、そうですね。」


(なんて普通の面白みのない受け答えなんだ・・・!)
私は自分の頭の回転の遅さに歯噛みした。
ちゃんと気の利いた受け答えをしたいのに、もっと話を弾ませたいのに。


「錬金術の勉強してんの?」

「あ、はい。・・・まだ始めたばっかりですけど。」

「そっか。」

「あの、あなたも錬金術の勉強してる・・・んですよね。」

「まぁな。」

「いつごろからやってらっしゃるんですか?」

「オレは〜・・・いくつだったかな?結構小さい頃から。」

「へ〜・・・やっぱりそれなりに年月かけなきゃいけないんですね。」

「時間なんて関係ねーよ。」


そういうと、彼は今までの子供っぽい表情を真剣な顔に変えて、腕組みをした。


「大事なのは諦めずに続けることだろ?時間じゃない。諦めずに前に進み続けることだ。」

「・・・そう、ですね。」


彼の強い言葉に、私は少し泣きたくなった。
少し不安だった。
いつまでも初心者の本から抜け出せない私。
向いてないんじゃないかと、何度も思った。
所詮、私なんかじゃ無理なんだと。
短期間でマスターしようと意気込みすぎていたのかもしれない。
周囲の期待が膨らんでいく中、それに応えようと焦りすぎていたのかもしれない。

時間を気にしすぎていたのかもしれない。
時間で、自分の限界を測ろうとしていたのかもしれない。
もう少し、肩の力を抜いてもいいと、そういわれた気がした。
時間じゃない。
大切なのは、諦めずに続けることだ。


「ま、頑張ろうぜ。お互いな。」

「そうですね。」


にかっと笑って言われた言葉に、私は微笑みながら応えた。
その笑顔に、彼は満足そうに笑う。
そのまま「じゃーな。」と手を振って所定の位置に戻ってしまった。
それに自然に手を振り返す。


嬉しかった。
彼と話せてよかった。
彼の言葉に、笑顔に心が温かくなった。
思い出すたび自然に頬が緩んでくる。
それが何となく気恥ずかしくて、持っていた本で顔を隠した。





今日は、いつもと違った日になった。
彼とはじめて話した、記念日になった。










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なんて可愛いヒロインなんだ!と思ったのは私が書き手だからでしょうか?あれ、もう親ばかに・・・?
ある人から初々しいと言われてしまって、なぜか照れてしまいました。
この調子でどんどんいきましょー。