「で、調子はどーお?」

「・・・なんの?」

「そ・の・後 v」

「・・・・・・。」


次の日、恋を自覚してから3日目。ついでに夜。
私はフィズからのからかい電話に捕まっていた。
彼女らにとっては、親友の春が気になって気になってしょうがない様子。
あれから彼女たちからの電話攻撃は毎日のようにやってきた。
(図書館出入り禁止にしといてよかった・・・!)
私は心からそう思った。彼女たちなら、尾行&覗き見をやりかねない。


「・・・あのね。そう簡単に変化があるわけないでしょうが。」

「あら、が告白すれば思いっきり変化するじゃない。」

「・・・・・・・・・。」


(告白しろってか!)
受話器を握り締め、私は唸った。
訂正。気になってるんじゃない。遊んでるんだ、彼女たちは。


「・・・あのね、そう簡単に言わないでくれる?まだ彼のことよく知らないのに、そう簡単に行動に移せないわよ。」

「そう?・・・あ、そういえばさ、前々から気になってたんだけど。」

「? 何を?」

「あなた「彼」「彼」って呼ぶけど、名前はなんていうの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


フィズの言葉に、私は音を立てて固まった。
・・・名前?


「・・・・・・・・・ない・・・。」

「え?」

「・・・知らない・・・。」

「はぁ!?」


フィズの呆れたような声に、冷や汗がどっと押し寄せてくる。
そういえば、名前はおろか、この町の人なのかどうかも知らない。
自慢じゃないけど私の住んでる町はなかなか大きな町で、人口も多い。
なかでも図書館の立派さと蔵書の数は、セントラルに次ぐとまで言われている。
だから、この町の人でも、自分が知らなかったと言う可能性は大いにあるのだ。


「なにやってんのよ。相手の情報集めは常識でしょうが。ちょっと、聞いてる!?」

「あ、うん。聞いてる聞いてる・・・。」

「はぁ。とにかく、頑張りなさいよ。とりあえず彼の名前くらい知っときなさい。」

「そ、そだね。分かった。ありがと。」

「んじゃ、明日も頑張ってね。おやすみ〜。」

「おやすみ・・・。」


電話が切れた後でも、しばらく受話器を握ったまま、ぼーぜんとしていた。
そういえば、私、彼について何も知らない。
自分と同じくらいの、錬金術を学んでいる男の子。ってぐらいしか知らない。
知らなければ。
と、なぜか彼を好きでいる為には情報を集めねば!という義務感が出てしまった。
(よ、よし!明日は彼の名前を調べるぞ!)
おー!と電話の前で叫んでいるのを、家族は不思議そうな目で見ていた。





***





と、意気込んではみたものの・・・
(どーやって調べればいいんだ・・・)
次の朝図書館に向かいながら、私は苦悩していた。

『手段1:素直に「お名前教えてください!」と本人に聞く。』
(いやいや、そんな大胆なことは出来ない・・・!)
ただでさえいまだ姿を見るだけで心拍数増加、緊張状態になるのだ。
そんな私が聞けるとは到底思えない。
それに、初対面の頃ならまだしも、なんか今更聞きにくい。
却下だ。

『手段2:弟君に聞く』
(って私弟君と面識ないし・・・!)
却下。


『手段3:本の貸し出し記録を見る』
(これならいけるかも!!)
この図書館には本を貸し出す際、貸し出し帳と言うものに日付と本の題名と貸りる人の名前を、本の裏表紙の紙に借りた日付と貸りる人の名前を書くことになっているのだ。
そして、彼はいつも何冊か本を借りていく。
貸し出し帳さえ見れば・・・!
善は急げとばかりに、止まりそうになっていた歩みを再開させ、むしろ足早に図書館に向かった。





早速図書館に着くなり仲のいい司書さんを捕まえ、貸し出し帳を見せてもらった。
が。
(借りる人多すぎ・・・)
目的の貸し出し帳を前に、私は愕然としていた。
ずらりと同じ日付の欄に並ぶ人の名前。
さすが大手図書館。借りる人の人数もハンパじゃない。
予想を遥かに超える人数に、めまいがした。
(・・・そ、それなら、毎日借りてる人をピックアップすれば・・・!)
そう思ってここ数日分のやつを比較しようと思ったが、なんせ数が膨大。
5分もしないうちに目がちかちかしてきた。なんか頭も痛くなってきた。
(毎日借りてる人・・・あ、この人!あ〜・・・この人も毎日借りてる・・・)
読書熱心な人は彼だけじゃないらしい。
結局、1人に絞り込むことは出来なかった。





(八方塞だわ・・・)
貸し出し帳から特定するのを諦め、いつものように本を広げながら、私は考えにふけっていた。
ちらりと視線を横にずらせば、いつものように彼がいる。
しばしその姿を恨みがましく見つめた後、私は小さくため息をついた。
『名前を知る』
ただそれだけのことで、こんなに悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきた。
それでも、知りたい。
彼のことなら、どんなことでも。
でも、本人に聞く勇気は、ない。
意気地なしの弱虫。と自分をなじっても、結局は変わらない。





***





結局、そのまま無情にも時間は流れ、閉館の音楽が流れてきた。
いつものようにがしょがしょという音が聞こえ、彼の弟君が顔を出す。
そして、集中している彼を本の世界から強制送還させる。
身体の筋肉を伸ばしながら彼は立ち上がると、借りる本を見繕ってカウンターへ。

(! そうだ!)

私はいい案を思いついて、急いでそこら辺にあった本を適当に手に取った。
私が思いついた計画はこうだ。
まず、貸し出し手続きをする彼のすぐ後ろに並ぶ。
そうすると、貸し出し帳に自分が書く欄のすぐ上の名前が、必然的に彼の名前になるのだ。
もう名前を知る手立ては、これしかない。
善は急げとだんだん人が集まり始めるカウンターに、彼を見失わないように走る。
そして首尾よく貸し出しカウンターに並ぶ彼の後ろに陣取ると、ほっと息をついた。
彼が私の存在に気づいて振り返る。


「お、今日は本借りるのか?」

「うん、まあね。ちょっと読みきれなくて。」

「そっか。まあそれ結構難しいもんな。」

「そうそう・・・って、え?」


彼の言葉に慌てて自分の持っている本を見ると、「錬金術 実践応用編」と気難しい字体で書いてある。
(あ、あれ?)
実践・・・?応用編!?
(ま、間違えた〜〜!!)
明らかに自分のレベルにはそぐわない。
今自分が読んでいるのは基礎なのだ。まず実践すらいっていない。
きっとこれは何年かあとに読むレベルの本だ。
真っ青・・・というか真っ白になった私をおかしそうに眺めた後、


「ま、頑張れよ。」


と彼は含みを持たせた声音で言い、私の肩をぽんと叩いた。
そしていつの間に手続きし終えたのか、弟君を引き連れて出口へ向かってしまった。
気づいてる。彼は完全に私の失態に気づいている。
(は、恥ずかしい・・・)
あまりにも間抜けな自分が情けない。
落ち込んでいると、後ろの人からつんつんと突付かれ、はっと我に返る。
そうだ、まだ手続きしてなかった。
それに、当初の目的もまだ果たしていない。
名前・・・。彼の名前は!?

どきどきと高鳴る鼓動を感じながら、ペンを取り、紙面に目を走らせる。
そして、自分が記入する上の欄を緊張した面持ちで見た。
そこには


Edward Elric


と意外にきちんとした字体で書かれていた。
(「エドワード・エルリック」・・・)
その言葉を食い入るように見つめ、目に焼き付けた後、心の中で何度も反芻して。
おぼろげに自分もとりあえず貸し出し手続きをし、傍目からはぼんやりした足取りで外に出た。
家に帰る間も、ずっと彼の名前を心の中で呟き続けていた。
それは、私にとって自分の名前より数十倍ステキな名前に思えた。
自分の名前は結構気に入っている。響きだっていいし、何より両親の愛情が詰まってる。
けれど、そのときは彼の名前のほうが何倍も大切で、何倍も輝いているように見えたのだ。


「エドワード・エルリック・・・」


ぽつりと声に出してみた。
とたんに、彼のことを知ることができたという喜びが湧き上がってくる。
名前。
彼を、彼だけを表す特別な単語。
彼を一つ知ることが出来た、今日は特別な日になった。










next top back

***
たかが名前でなにやってんだか・・・と冷たい目で見ないでやってください。お願いします。

ちなみに副題、素直に「名前」にしなかったのは、それだけだとあっさりしすぎだろうと思ったからです。
「名前」=「あなたを指し示すもの」ということで。