『国家錬金術師にだけは、絶対なるな―――』


一瞬、何を言われたか分からなかった。





錬金術師





「え・・・なるなって・・・なんで、ですか・・・?」

「なんででもだ。絶対になるな。」


疑問すら拒否する彼の態度に、私はむっとする。


「なんでですか!納得できません。納得のいく理由をください。」

「・・・。」


睨みつけるように詰め寄る私に、彼はめんどくさそうにため息をついて、いらだたしげに頭をかいた。
いらだたしいのはこちらも同じだ。頭ごなしになるなと言われて納得できるわけがない。


「・・・国家錬金術師は聞こえはよくても所詮軍の狗だ。研究や資金面での待遇はいいが、代わりに様々な義務と・・・世間の反感を買うことになる。」

「・・・。」

「そんなのに進んでなろうとするなんて、馬鹿のすることだ。」


最後にため息混じりに付け足された言葉に、またしてもむかっとくる。
まるで馬鹿だといわれているようだ。
確かに馬鹿ですよ!あなたよりはずっとね!と皮肉げな感情が私の心を支配する。


「それじゃあ、あなたはどうなんですか!!」

「・・・。」

「あなただって、元国家錬金術師じゃないですか!今は資格を返上されましたけど!そのあなたが何を・・・!」

「オレは・・・資格によって与えられる権限が、どうしても必要だったんだ。例え人々から軍の狗と蔑まれようとも、な。」


私は、このときの彼の表情を見て、今までの怒りを忘れて一瞬息を呑んだ。
苦しそうな、悲しそうな表情だった。いつもは強く輝いている太陽のような人が、とたんに月のように儚い存在になったかのようだった。
何か彼の心をえぐる様なことを、言ってしまったのだろうか。
が、すっと向けられた射抜くような視線に、その雰囲気は一瞬にしてかき消された。


「それでも、本当になりたいのか?」

「・・・。」

「・・・。」


私はその視線から逃げるようにふいっと顔を背けた。
痛い沈黙が降りる。
やがて、ため息が聞こえた。


「ただの憧れなら、さっさと諦めて別の道を探すんだな。」

「ただの憧れなんかじゃない!!」


呆れたような、確実にバカにしたような言い草に、私は咄嗟にそう返していた。
そんな反撃が来るとは思っていなかったのか、彼は目を丸くしてこちらを凝視している。
その彼を睨みつけるようにして、私はいい募った。


「ただの憧れでこんなにも努力するもんですか!!」

「じゃあ・・・お前が国家錬金術師になりたい理由はなんなんだよ。」

「それはっ・・・っ!」


我に返った彼が厳しい顔と声で言い返す。
私はそれに答えようとして、はっと怒りから自分を取り戻し、躊躇した。
あなたに追いつくためです。なんて口が裂けても言えやしない。しかも、当人に向かって、なんて。

私が国家錬金術師を目指したのは、今目の前にいる彼に追いつきたいからだった。
彼と同じ立場にたって、同じものを見たい。もっと、彼のことが知りたい。
図書館で会うだけ、少し会話を交わすだけだった私には、そうするしか彼との距離を縮める方法はないと思った。
だって、あまりにも遠い人だと、知ってしまったから。
追いつかなければ、何も始まらないと、思ったの。

黙り込んだ私に、ただの勢いだったのかと判断したらしい彼は、難しい顔でこちらを見下ろした。


「お前は・・・どんな錬金術師になりたいんだ。」

「え・・・?」

「そのために何が必要か・・・まずはそれから考えるんだな。国家錬金術師が、錬金術師の最終目標じゃないんだからな。」


そういいおくと、彼は閉館の鐘を待たずに図書館を出て行った。
私はそれを追う事も出来ないまま、その場に立ち尽くしていた・・・。





***





その夜、私は食事をする気も勉強する気も起きず、ベッドに突っ伏していた。
が、頭の中は先ほどの彼の言葉がぐるぐると渦を巻いていて、とても休まる状況ではなかった。

『お前は、どんな錬金術師になりたいんだ。』

「・・・そんなこと、考えたこともなかった。」


ぽつりと、そう呟く。
頭をこてんと倒して、勉強机を見る。
電気もつけていない室内は奥に行けば行くほど闇が深く、そのなかでまるで溶け込むように、それはあった。
闇に慣れた目に、白い紙が置かれているのが目に入る。
見なくても分かる。あれは、進路希望調査の用紙。
帰ってきてすぐ、苛立ちや不満や、そういったものをぶつけるように国家錬金術師という文字を消したことを、ぼんやりと思い出す。

でも、それに代わる言葉なんて、私には思いつかなくて。
どうしようもなく、苦しさだけがつのる。

私にとって、錬金術は一体何なんだろう・・・

今までは確固としてあったものが、今はぼろぼろに崩れ、形を成さないままでいた。
支えてきたものが、崩れてしまったような、頼りなく、不安定な感覚。

彼のためにと目指したものが彼によって打ち砕かれたとき、私はどうすればいいのだろう。


「苦しいよ・・・。」


泣きそうな呟きは、ベッドに埋もれて誰の耳にも届くことなく消えた。










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