私の夢はあのときから始まった。
あれから抱き続けた想いとともに、それは常にあって、今ではもう切っても切り離せないもの。
だって、私の想いはそれで繋ぎとめられていたから。
だから、今更捨てることなんて出来ない。
例えそれが、もう意味のないものだとしても。
私はそこまで、器用じゃないし
強くも、ないのだ―――
***
「・・・あれ?」
いつもと同じように学校が終了してすぐ図書館に向かった私。
けれど、いると思って顔を出したいつもの一角には、求めていた姿がなかった。
(どこにいっちゃったんだろう・・・それとも何か用事があって今日は来れなかったのかな・・・)
あれこれと頭をめぐらしながら、しばらくそのぽっかりとある空間に佇んだ。
夕焼けに染まり始めたいるべき人がいない静かな場所―――
どくんと心臓が跳ねた。一瞬嫌なデジャヴが頭をよぎる。
「・・・っ!」
浮かんだ場景と押し寄せてきた感情を振り払うようにぷるぷると頭を振り、私はその場を離れた。
(今日は気分的に他の本を読んでるのかもしれない)
自分に言い聞かせるようにそうであって欲しい理由でわざと頭をいっぱいにして、早足で本棚の林を歩き回る。
落ち着けと頭は言っているのに、意思に反して足取りはどんどん速まっていく。
もしかして、という最悪の予想が振り払っても振り払ってもまとわりついてくる。
速い足取りとは裏腹に重い足かせを嵌められている気分になって、焦燥感に涙が滲んだ。
(絶対ない―――)
いなくなったなんて・・・私に一言もなしにいなくなるなんて
(彼に限って絶対にないっ!)
そう言い聞かせて、私はあてもなく広い図書館を歩き回った。
***
探し人は、思った以上に簡単に見つかった。
(―――いた・・・。)
いつもと同じ金色の髪に赤いコート。
それが、あのいつもの本棚ではなく、机の並ぶ一角にあった。
その姿を確認したとたん、限界まで張り詰めていた糸が緩み、その場にくずおれそうになった。
近くにあった本棚にもたれかかり、肺に空気がなくなるまで深い安堵の息をつく。
うっすらと涙が滲んだ。
(よかった・・・)
いなくなってなんかなかった。消えてなんてなかった。
(大丈夫)
大丈夫。彼はまだここにいる。
何度も何度も言い聞かせるようにその事実を反芻して、私は大きく深呼吸をした。
こんな情けない姿は、彼には見せられない。
よし、と自分に気合を入れると、慎重に最初の一歩を踏み出した。
「何してるんですか?」
「うぉわ!」
恐る恐る近づいて、ひょいと手元を覗き込みざまそう話しかけると、意外に彼は肩を震わせるほど驚いてくれた。
絶対に気づかれていると思っていたのに。
予想以上に相手がビックリしたので、私もびっくりしてしまう。
話しかけた体勢のまま固まってしまった私を見て、彼は「お前か・・・」と脱力しながら緩い笑みを浮かべた。
が、慌てて机の上のものを片付け始める。
「? 何やってたんですか?」
「な、何でもねぇ・・・。」
明らかに何でもあるだろう。と一目で分かるくらいに目が泳いでいる。
怪しい。何かを隠している。
私は半眼で「ふーん・・・」と呟くと、興味が失せたように顔を彼の手元から逸らした。
そんな私の様子に一瞬彼が安堵したのを見計らって、えいやっと隠していた用紙を一枚抜き取る。
「あっ」と彼が叫んだときには私は取り返されないように身体ごと彼から遠ざかり、背を向ける形で簡単には取り返せないようにした。
我ながら鮮やかな手並みだ。
意外にスリとかの才能があるのかもしれないとどうでもいいことを考えながら、奪い取った用紙に目を走らせる。
「おまっ、返せ!」
慌ててこちらにやってきた彼がその用紙を奪い返したときには、すでにあらかた書かれていた内容には目を通してしまっていた。
書かれていた内容に驚きの色を隠せず、少し顔の赤くなった彼の顔を呆然と見つめる。
「それ・・・。」
「・・・ちょっと復習してただけだ。」
そっぽを向き、頭をがしがしとかきながらそういう彼の横顔は赤い。夕焼けのせいじゃ決してないくらいに。
彼が書いていた紙には、昨日私が頭を悩ませていた部分のことが図も載せて分かりやすくまとめてあったのだ。
それは、これが教科書だったらどれくらい楽だろうというくらいの素晴らしいもの。
「毎日知識を詰め込んでるだけじゃ、前に覚えたことを忘れちまいそうだからな。時々こうやって復習してんだよ。」
それだけだ。と言って、彼はふいっと踵を返した。
私はといえばあまりのことに呆然と彼の行動をただ目で追うだけ。
彼は元いた席から残りの紙を拾い上げるととんとんと紙を整え、こちらに戻ってきたと思ったらぱさっと頭に軽い衝撃が走った。
視線を上に上げると、頭には先ほど彼が持っていた紙が乗っている。ずり落ちそうになったのを慌てて受け止め、手に取ったそれを私はまじまじと覗き込んだ。
そこには綺麗な文字で丁寧で分かりやすい説明が書かれている。
「あ・・・の、これ・・・。」
「・・・どーせ俺が持ってたって邪魔になるだけだしな。」
欲しいならやってもいいぞ。と尊大な口調で言う。けれど、その様子はあからさまに照れていて、顔は夕日のせいだなんて言い訳がつかないくらいに赤くなっているのが分かって。
じわじわと、驚きが嬉しさへと変わる。
「・・・じゃあ・・・ありがたく、もらいマス・・・。」
「おう。」
嬉しさのあまり勝手に綻ぶ口元をその紙で隠して、呟く。
嬉しかった。まさか、彼が昨日のことを覚えてくれていて、しかもわざわざこんなことまで・・・。
あぁ、この嬉しさをどうやって伝えよう。
「ありがとう、ございます・・・頑張ります!」
身体の、心の奥から溢れ出てくる感謝の気持ちと喜びの気持ちが突き動かすまま笑みを浮かべると、私はそう言って頭を下げた。
大事に大事に両手でその紙を抱きしめながら。
そんな私に彼はまた照れたように笑うと、照れ隠しなのか少し乱暴に私の頭をなでてきた。くしゃりと髪が揺れる。
その重みと暖かさに心が満ち足りたようになって、私は頭を下げたままふわりと笑った。
あぁ、今、私はすごく、幸せだ。
***
持っていた鞄を開けて、彼から貰った大事な紙の束を丁寧にしまおうとする。
が、
(・・・・・・・・・。)
乱暴に突っ込まれたプリント類や教科書でごった返す鞄の中は、一応の整理はされているものの、綺麗とは言えない。
いつもいつも学校が終わったら一目散にこちらに向かうのが日課になっているため、どうしても鞄の中の整理というものは後回しになってしまうのだ。
こんな中に彼から貰った大切なプリントを入れてはいけない。きっとくしゃくしゃになってしまう。それだけは嫌だ。
よし、と気合を入れて、急遽私は鞄の中の整理をすることにしたのだった。
一度プリント類を全部出して、必要なものと不必要なものに仕分けし、講義で使ったプリントは教科ごとに分けていく。
意外とサボっていたのか結構な量のプリント類に少しげんなりしつつ、てきぱきと仕分けしていく。
彼はというと、最初は突然始めた鞄内大掃除に目を丸くしていたが、今は興味深そうにプリント類を眺めている。
これってなんのプリントだ?と聞いてくる彼に返事を返しつつ、てきぱきと仕分けていく。
何となく見られるのが恥ずかしくて、早く済ませてしまいたい気持ちの一方、その会話が何となく楽しくて。
内心複雑だと思いながら仕分けていった。
「・・・なぁ、これってなんだ?」
「え?」
何度目かの同じ質問に、私はふっと顔をあげた。
彼の持っているプリントを覗き込んで、あぁ、と声を漏らす。
「進路希望調査ですよ。」
彼が持っているプリントは、紛れもなく卒業後の進路希望を書いて提出する用紙。
目標を明確にしてより勉学へ励んでもらうため〜とかなんとか言いつつ渡されたそれは、確か今週提出だった気がする。
危ない、忘れるところだった・・・と内心で安堵している私は、彼の顔がさっきまでと違い強張っていることに気づかなかった。
「お前・・・国家錬金術師目指してんのか。」
「え?あぁ、はい、そうです。」
そこではじめて彼の顔が強張り、声音が低くなっていることに気づく。
とたんに不安になった。何かしてしまっただろうかと、慌てた脳が今までのことをプレイバックし始める。
そんな私に、彼は手に持っていた進路希望調査のプリントを押し付けるように渡してきた。
咄嗟に受け取って、でもそんな乱暴にされる理由が分からなくて、戸惑ったまま彼を見上げる。
そして、その表情を見て、目を見開いた。
それは何とも形容しがたい表情だった。あまりにもたくさんの感情が混ざっているようで。
怒っているようでもあり、苦しそうでもあり、悲しそうでもあり、切なそうでもあった。
どう反応したらいいか分からなくて、私はその場に立ち尽くす。
「・・・・・・やめろ。」
「え・・・。」
やがて低く呟かれた言葉に、私は目を見開いた。
「国家錬金術師にだけは、絶対なるな。」
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