奇跡を試す場所に図書館を選んだのには、ちょっとした理由がある。
それは根拠も何もない、あやふやなものだったけれど。
漠然とした予感があった。
図書館で出会ったのなら、再会の場所もきっと、ここだろうと。
今日も、いつ起こるか分からない奇跡のような偶然に身を任せ、私は夕日に染まる館内を歩いていた。
もう幾度も繰り返し歩いたルート。この図書館の錬金術コーナーを一周するコースは、もうすでに私の中で定まっていた。
夕焼けに赤く染まった本棚。その中に陳列する本たち。
平日のせいか、もう閉館時間が迫っているせいか、人の気配はなく、静まり返っていた。
かつん、かつん、と、ゆっくり歩く自分の足音だけが支配する世界。
その音を聞きながらただ全てが茜色に染まった中をひたすら歩く。
奇跡を待つというものは、なんて無謀で、哀しいことだろうと、自分で決めたことながら、思った。
あと何回、無謀な賭けを繰り返すのだろう。何日?何ヶ月?それとも・・・何年?
気が、遠くなりそうだ。
(今日もはずれ・・・か)
そう思って嘆息し、出口へと踵を返したときだった。
ふいに、かたんと、小さな音がした。
反射的に、振り返る。
とたんに広がる、デジャヴのような景色。
思い出すのは、最後に本棚の前で見つめた、あの光景。
赤い夕日に煌々と照らされたその場所に、まるで当たり前のように、一人の男の人がいた。
誰だろう、なんて自問しなくとも、私の中には確かな答えがあった。
漠然とした確信があった。
本が好きな彼なら、きっとここに来るだろうと。
そしてそれは、間違ってはいなかった。
ずっとずっと、会いたかった人
前よりもすらっとしたシルエット。まとう雰囲気は、あのころと似て非なるもの。
でも、夕日に照らされて若干赤く輝く、眩しいほどの金色の髪、周りに溶け込むような赤いコート。
こちらに気づきもせずに目の前の本に没頭するのは、あのころとちっとも変わらない。
じんわりとこみ上げる思いに、思わず口元を押さえる。
胸がいっぱいになって、涙が滲むのを必死でこらえた。
会えた。
やっと、会えた―――
奇跡が起こった瞬間だった―――
***
私は、その場に縫い付けられたように動けなかった。
目の前にずっと探し続けた人がいるのに。
閉館の音楽が鳴り出した。
とたんに静かだった館内が、帰りを急ぐ人の気配でにわかに騒がしくなる。
彼も、人の気配には敏感なのか、はたまた偶然集中力が切れたのか、ふっと顔を上げた。
閉館の音楽と、窓の外から差し込む赤い夕日に事態を悟り、かたんと本を棚に戻す。
そんな様子を、私は息を忘れたように見つめた。
嘘じゃないと、言い聞かす。止まっていた時間が動き出したような感覚だった。
動き出しても消えない。幻じゃない。
ふと、自分を見つめる視線に気づいたのか、彼がこちらを見た。
残念ながらこちらからは逆光で、顔がはっきり見えない。
が、驚いたような気配があった。
「・・・お前・・・。」
彼の視線が自分と合ったのが分かった。それが嬉しくもあり、でも気恥ずかしくもあり。
目を逸らしてしまいそうになる自分を必死で押し止めて、私は微笑を浮かべた。
あのとき、もう一度会うと決めたあのときから、ずっと決めていた言葉。
今まで、何度も何度も反芻しては、きっと言うのだと覚悟を決めていた言葉。
大きく息を吸って、吐いて、そして吸って。
「・・・お久しぶりです・・・。また、会えましたね―――」
閉館の音楽が鳴り止んだ。
人気がなくなったそこには、静寂ばかりが満ちて。
ふっと、笑った気配がした。目の前の人が、微笑んだ気がした。
「―――あぁ。」
返された言葉には、かすかに微笑んだ跡があった。
会えた。やっと・・・会えた―――。
奇跡が起こった。
4年越しの、再会だった。
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***
というわけで、無事再会できました。