“あなたに追いつきたくて、頑張ってるんです―――”
そう言ったら、彼は何とも言えない様な顔をした。
喜んでもらえるとは思っていなかった。
でも、その反応は私が想像したもののどれとも違っていて、私は正直困惑した―――
***
「なんかまずったかなぁ・・・。」
私は、午前の講義終了直後の机に突っ伏して、今日何度目か分からないため息をついた。
思い出されるのは、何とも言えない表情を浮かべた彼の姿。
何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。
ずっとそのことだけが気がかりで、今日も授業に集中できなかった。
そしてこの後の授業も集中できないのだろう。そのことが容易に想像出来て、私はまたため息をつくのだった。
「あんた今日も元気ないわねぇ・・・。」
今日の講義も(無事に・・・とは言いがたいが)終わり、帰り支度をしているときだった。
こちらで仲のいい友人が、呆れたように言った。
私は顔をあげて、そんなに顔に出ているかと眉を寄せる。
そしたら、「そう、その顔」とピッと眉間を指差された。
「昨日から不安そうにそわそわしたり、難しい顔して考え込んだり・・・変よ?」
「・・・そぉ?」
「そー。」
自覚がないわけか・・・と呆れたように肩を落とす友人から目を離して、私はそうだったかと自分を振り返ってみた。
まぁ・・・昨日は彼との再会が夢なんじゃないかと不安に思ったりしていたことは認める。
今日は今日で彼の昨日の反応が気になって、ちょっと考え込んでいたりもしたが・・・
(そんなに顔に出やすいのか・・・?)
思わず頬に両手を当てて考え込んでしまう。
自分でも分かりやすい単純な性格をしているとは思っていたが、まさかそこまでとは。
軽くショックをうけている私を知ってか知らずか、もしくは慣れか、彼女は大して気にもせず続けた。
「なーに?何かあったの?」
軽い口調に、ほんの少しだけ心配そうな色を含んだ声音に、私は苦笑した。
こういうときあぁ、私は友人に恵まれているなぁと思う。
数年前もそうだった。そして、今も。
自分を真剣に見て、真剣に思ってくれる。そのことが、とてつもなく嬉しい。
「ちょっとね・・・告白めいたことをしてきまして・・・。」
「・・・はい?」
少しだけ照れくさくて、誤魔化すように下を向き、後頭部を掻きながら言った一言には、そんな間の抜けた声が返ってきた。
ちらっと見れば、声の通り怪訝な顔つきでこちらを見ている。
「告白って・・・誰に?」
あんた好きな人いたの?と胡乱げに言われた言葉に、私は首を振る。
いや、ある意味あってるんだけど。好きなんだけどね。と、内心では首肯しておく。
私はセントラルに来てから、数年前のあのときの話をすることは決してなかった。
それは例えればジンクスみたいなもので。
誰かに話してしまえば、もう夢物語のようになってしまう気がして。
この思いは誰にも告げないと決めていた。
私の否定に、彼女の顔がますます不可解だというように歪む。
「ほら・・・私ってさ、目標とする人いるじゃない?」
「あぁ・・・あの、エドワード・エルリックだっけ?」
「そうそう。」
その人に、あなたは私の目標ですって言ったの。
そう言ったら、彼女は訳が分からないというような顔をした。
彼女も錬金術師の端くれだから、彼の名前くらいは知っている。どれだけすごい人かも知っている。
だからこそ彼女の中では、彼は現実にいて、でも現実にはいないような存在だった。雲の上のような存在。実在するけれど、でもいないと思うくらい遠い存在。
だから、会って話したという私の話をすぐには信じてもらえなかったのも無理はないのかもしれない。
「・・・夢じゃなくて?」
「なくて。」
「妄想でもなくて?」
「ないない。昨日ちゃんと会って、面と向かって言ったんだもの。」
「・・・へー・・・。」
「信じてない!」
「うん、信じてない。」
「ひどっ!」
本当なのにー!と叫ぶ私に、友人はあーはいはい分かった分かったと投げやりな答えを返してくれた。
信じられないのも分かるけど、信じてもらえないのも少々悲しい。
半ば意地になって訴えていると、放課後人が帰り始めている流れに逆らって、ばたばたと慌しい足音が聞こえてきた。
なんだなんだと皆が注目する中、教室の前のドアが勢いよく開け放たれる。
そこには、息を切らしたクラスメイトの姿。
あれ、確か彼女は職員室に行ったんじゃなかったっけ?
教室に残っている子達と同じく彼女に注目しながら、私はそんなことを考えていた。
が、次の一言でそんなのん気な考えは吹っ飛んでしまった。
「ちょ、ちょっと大変!ビッグニュース!!あの鋼の錬金術師が、国家資格を返上したって・・・!」
「え・・・?」
ざわっと教室が動揺した。
うそーとか、マジで?という言葉が飛び交う中、私は呆然と佇んでいた。
誰が・・・何を、返上したって?
嘘だと、全身が拒絶していた。
国家資格を返上?誰が?
・・・彼が?
「おいおい、それってマジ?」
「本当よ!今日返上したらしいって先生たちが・・・。」
そう話すクラスメイトの声を遠くに聞きながら、私は昨日の彼の言葉を思い出していた。
用事があるから、来れないかもしれない・・・と。
(あれは・・・このことだったの・・・?)
世界が、一瞬にして真っ暗になった気がした。
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オリジナル万歳。