それからは、何事もなく、ただ平穏に時が過ぎた。
私が当たり前のように図書館へ行くと、彼は図書館でいつも私を待っていてくれた。
私の姿を認めると彼は笑って本を戻して、そして「お疲れさん」と言ってもう一度笑うのだ。
その瞬間が、私にとってはものすごく嬉しいことだった。





「・・・なぁ。」

「はい?」


突然の声に、私は手元の本から顔を上げた。
今日は休日だった。
特に約束したわけではないけれど、私は朝からここに来て、本を読んでいた。
そうしたら程なくして彼もここへ現れて。
お互いの存在に気づきしばしお互いを凝視した後、同時に噴出した。
考えることは同じだな。と言って必死に笑いを納めようとする彼の言葉に、私が無性に嬉しくなったのは内緒だ。
そうして特に示し合わせたわけではないけれど、めいめい本を選んで、静かに読み出した。
その光景は、あの頃をそのまま再現したような光景だった。
柔らかな光が差し込む中、私はささやかな幸せを噛み締めながら、ゆっくりとページをめくっていった。
そんなときに、ふいに彼が声をかけたのだ。


「なんつーか・・・前から気になってたんだけどな。」

「? なんでしょう?」

「そう、それ。」

「それ?」


ピッと指をさしながら言われた言葉に、私は何かあるかと自分や自分の周りをざっと見渡す。
が、特に彼が気になるものがあるとは思えない。ふつーだ。
なんなんだろうと首を捻りながらもう一度彼を見ると、彼は呆れたようにこちらを見ていた。
ますます訳が分からない。


「お前なぁ・・・。」


んなお約束な・・・とやっぱり呆れたように嘆息する彼。やっぱり表情の通り、呆れられていたらしい。
私はそれに少しだけ恥じ入るように視線を逸らしながら、「なんなんですか。」と少し拗ねたように聞いた。


「敬語。」

「敬語・・・ですか?」

「そう、ホラ今も。何で敬語なんだよ。」


不満そうに眉を寄せながら彼はそう言う。
「そんなことは・・・」と言いかけて、ふと自分のこれまでの言動を振り返ってみた。
・・・確かに、意識は全くしていなかったが、再会してこのかた、ずっと敬語を使っていた気がする。

黙り込んでしまった私を見て、彼はそれ見ろ。というように息をついた。


「え・・・う・・・いや、だって・・・。」

「だって?」

「国家錬金術師だって聞いてから・・・その、何となく、距離を感じてしまったと言うか・・・。」


しどろもどろにいう私の言葉を聞いたとたん、彼の機嫌が急降下したのが分かった。
眉間にいつも以上に皺が寄るほど眉を顰めて、こちらを見る。
見るっていうか・・・に、睨んでる?


「・・・俺はもう国家錬金術師じゃない。」

「わ、分かってますけど・・・でも・・・。」

「なんだよ。」


低く言う声には不機嫌さが思いっきりにじみ出ていて、泣きたくなってくる。


「わ、私にとっては、目標だったから。あの時はただの同じくらいの年の錬金術学んでる子って感じだったけど、でもその・・国家錬金術師って知ってからは、あなたみたいになりたいって・・・錬金術師として、目指したい人になったから・・・だから、なんていうかその・・・遠い人って言うか!距離みたいなものを感じてしまった・・・ん、です。」


もう何言ってるんだか分からなくなってきた。
自分の言ってることにつじつまが合っているのか自信がなくなってきた私は、だんだん声が小さくなって最後には顔を俯けてしまった。
私の必死な言葉を、彼はじっと聞いている。
なんだかとてもいたたまれなくなってきて、また怒らせてしまうかもしれないという思いが強くて、彼の顔が見れない。


「あの頃は・・・。」

「え・・・。」

「あの頃は、くだけて話すことも出来たのにな。」


反射的に見上げた顔には苦いものを押し隠すような笑みが広がっていた。
でも、その瞳は切ない光を宿していて。
私は罪悪感で見ていられなくて、ふっと顔を逸らした。
こんな表情をさせてしまう自分が、ひどく情けなくて、許せなかった。





変わらないものもあった。

けれど

確実に、変わってしまったものもあるのだ。


成長して、変わってしまったもの。
それは例えば世間体だとか、世の中の階級だとか、そういったものに拘束されはじめたこと。
あるいは、これまで得てきた知識がそうさせるのかもしれない。
思いすら、拘束のための足かせになっているのかもしれない。
ただ、どんなに望んでも、もうあの頃には戻れないのだと。





「・・・ごめん、なさい・・・。」


悟ってしまった。
もう、どんなに願っても、あの頃には戻れないのだ。
あの頃とそっくり同じように、笑って、話して、微笑みを交わすことなど、出来ないのだ。


「・・・あの頃も、今も・・・オレはオレだ。」

「・・・はい・・・。」


でも

変わってしまったけれど、

変わらないものもある。


「国家錬金術師だからとか・・・錬金術の腕がいいとか・・・そんなの、関係ねぇだろ。」

「・・・っ、はい・・・!」


変わるとか、変わらないとか、

そんなものに左右されないものも、ある。


どれが大事とか、そんなものは分からないけれど。


自分たちの望む形、理想とする形を


「はい、じゃなくて・・・。」

「・・・うん・・・?」

「そ。」


これから作っていけばいいんじゃないかと、広がった眩しいほどの笑顔を見ながら、私はそんなことを思った。




















「でも・・・慣れるまでは勘弁してくださいね。」

「・・・。」










back top next

***
・・・ん?もしや最後の余計?(笑)