そこは、学校エリアのはずれだった。
エドワードたちが駆けつけた建物は例に漏れず学校らしき建物で、周囲が高い壁に囲まれているため、煙と誰かが叫ぶ声しか聞こえない。
エドワードは舌打ちをすると、入り口を求めて塀に沿って走り始めた。
あとの2人が慌てて後を追ってくる。


「ちょっ・・・エド!どこ行くのよ!」

「入り口探すんだよ!この塀の高さを飛び越えるのは難しいだろ!」

「そんなの、お得意の錬金術で穴なりドアなり作ればいいじゃない!」


の言葉にエドワードはぴたっと止まった。
そして、


「ナイス、!」


と叫ぶのと同時に勢いよく両手を合わせ、塀に勢いよく手をついた。
練成反応の青白い閃光がほとばしり、収まるとそこには重厚な扉ができていた。


「相変わらず趣味悪・・・」

「行くぞ!アル!」

「うん!」

「・・・はいはい。」


のツッコミを遮り、エドワードは勢いよくドアに向かって体当たりし、中に飛び込んでいった。
その後を、何事もなかったかのようにアルフォンスが続く。
(さすがアル・・・何年もいるだけあって突っ込みさえしなくなったのね・・・)
と見当はずれのことに感心しながら、もドアをくぐった。





それを、影から見る気配があるとも知らずに・・・





***





ドアをくぐったとたん塀に遮られていた音が洪水のように押し寄せてきた。
は思わず立ち止まって顔を顰めた。
校舎の一部から黒い煙とともに炎が見え、先生らしきスーツの人たちと、生徒と思われる私服の若い男たちが必死に消火作業を行っていた。そして女子生徒がそれを遠巻きに輪を作って事態を見守っている。
エドワードたちが消火作業に向かうのを見て、はとりあえず女子生徒の元に向かった。自分が行っても何も出来ないし、かえって足手まといになることは簡単に予想がついた。だから、情報収集でもしようと考えたのだ。
幸いここは私服校らしく、は難なくもぐりこめた。
周囲の会話に耳を澄ます。


「ついに学校もか〜・・・なんか最近物騒よね。」

「これで何軒目だっけ?」

「さぁ〜・・・4件目・・・かなぁ?」

「でも良かったよね〜。けが人誰もいなくて。確かあそこって空き教室だったよね?」

「そうそう。隣のクラス移動教室で誰もいなかったらしいし・・・。」

「運いいよね〜。」


聞こえてくる会話に、は眉を寄せる。
どうやら同じような事件が何軒も起きているらしい。
誰が・・・何のために・・・?
そう思っていると、突然派手な練成反応が起こった。直後に大量の水が勢いよく火元にぶち当たる。
生徒一同が呆然とする中、は犯人が容易に想像出来、小さくため息をついた。
火は、そのすぐ後に無事鎮火されたのであった。





***





「何であんたがここにいるんだよ?!」

「それはこっちのセリフなんだがね。」


エドワードはしばらくしてやってきた軍の中に見知った顔を見つけ、思わず叫んでいた。
先頭を切ってやってきたのは、東方司令部司令官を務める、ロイ・マスタング大佐だった。
その後ろにはホークアイ中尉の姿が見える。


「あ、大佐。こんにちわ。」

「ご無沙汰してます。」

「やあ。アルフォンス君に君。久しぶりだね。元気そうで何よりだ。」

「大佐たちこそ、お元気そうで何よりです。」

「中尉もお久しぶりです。」

「えぇ。」


和やかに挨拶をする4人を横目に見ながら、エドワードは不機嫌そうに顔を顰めていた。眉間のしわが明らかに多い。


「で?!なんでここにいるんだよ。ここはイーストシティじゃないぜ。」

「ここは東部の一部だからな。つまり私の管轄下と言うわけだ。そこに私がいても不思議ではなかろう。」

「いつもたまってる書類の処理はどうしたんだよ。」

「この事件を早期に解決して処理していただく予定です。」

「・・・・・・・・・・・・・・だ、そうだ。」

「つまり未処理・・・。」


無理やりの笑みを浮かべながら中尉の言葉を肯定する大佐に、たちはため息をついた。





***





「またッスね。」

「またか・・・。」


部下から報告を受けたハボック少尉の言葉にため息をつく大佐に、エドワードたちは状況をつかめず首をひねる。


「なぁ・・・何が“また”なんだ?」


エドワードが尋ねると、苦い顔をした大佐が答えた。


「最近この町で爆発事件が頻発しているんだ。今回で4件目になる。」

「「「爆発事件?」」」

「そうだ。幸い死人は出ていないが・・・これからもないという保証はどこにもないからな。早急に解決せねばならん。だからわざわざ私が出てきているというわけだ。」

「上も五月蝿いッスからね〜。」


軽い口調で言うハボックを軽く睨んでから、ため息をつく。本当に疲れたような様子に3人は顔を見合わせた。


「まあそれはともかく・・・今度はこちらの質問に答えてもらおうか。」

「は?」

「とりあえずここの場は引き上げて、軍のほうでゆっくり聞くことにしよう。」

「はぁ?ここでだっていいだろうが。何でわざわざ・・・。」


胡乱げに聞き返すエドワードに大佐は当然というようにさらりと答えた。


「民間人に聞かれるわけにはいかないからな。」

「それってどういう・・・。」

「問答無用だ。」


どうして美形の笑顔には強制力があるんだろう・・・。
大佐の笑みに、3人は逃れられないことを知ったのだった。





***





軍の施設。そこの急遽マスタング大佐の執務室となっている部屋にエドワードたちは通された。
中尉が出してくれたお茶をすすりながら大佐が読み上げる資料に耳を傾ける。「今回は読んでくれるんだ・・・。」「珍しい・・・。」と各自が思っているとは思いもせず、大佐はところどころに注訳を入れながら話していく。

簡単に説明してしまえばこうだ。
1ヶ月くらい前から、シルヴィアの町では連続して爆破事件が起こっている。最初は工場地区、次に住宅地区、次は商業地区、そして今回は学校地区。いずれもいきなり爆発するのだと言う。目撃者はなし。犯行時刻もまちまちで一貫性がない。死者は出ていないものの、けが人は出ているという。恨みのある者の犯行かとも思ったが、関連性が全くなく、共通する人物も浮かんでこない。複数犯、あるいは模倣犯の可能性もあるとみて捜査はしているのだが・・・


「だが?」

「なにしろ人の出入りの激しい街だ。もう犯人が逃走している可能性がある。手配をしようにも目撃者がいない。被害者と関係のある人物が犯人なら顔などは分かるが、犯人だと言う確証がない。つまり、八方塞と言うわけだ。」


そういって肩をすくめる大佐に、エドワードたちは気のない返事を返す。


「はぁ・・・。」

「それは・・・なんていうか・・・大変ですね。」

「そうだろう?」


たちの言葉に神妙に頷く大佐を見て、エドワードは一瞬嫌な予感がした。次の大佐の言葉を遮るように言う。


「それで?俺たちに聞きたいことは?」

「あぁ・・・犯人を目撃していないかどうかを聞きたかったんだが・・・。」

「んなもん、見てるわけねーだろ。俺たちが駆けつけたときにはもう消火作業が始まってたんだ。俺たちに聞くより生徒たちに聞くほうが確実だろ?」


呆れたように言うエドワードに、大佐も「確かにな。」とあっさりと返してくる。
また嫌な予感がした。


「ってことで、俺たちにもう用はないよな。帰らせてもらうぜ。」


早々に退出したほうが懸命だと本能が言うので、エドワードは他の2人を促して席を立った。


「待ちたまえ。」

「・・・・・・・・・。」

「事情を詳しく知ってしまった君たちを私がこのまま返すとでも?」


その言葉に振り返れば、意地の悪そうな笑みを浮かべた大佐がいた。
その笑みに、エドワードは嫌な予感が的中したことを知った。


「世のため人のため軍のため、ひいては私のために。手伝ってもらおうか、鋼の錬金術師君?」





***





その夜、エドワードの機嫌は最高潮に悪かった。それはもう、取り付くしまもないほどに。何度呼びかけても返ってくるのは無言だけ。背中が「話しかけんじゃねぇ」と言っている・・・気がする。
それを見ながら、はアルフォンスと一緒にため息をついた。

あれから、エドワードは戦った。それはもう、猛烈に抗議していた。
なにしろ今回の目的は図書館だ。軍の手伝いなんかじゃない。
半ば掴みかかるように言うエドワードに大佐は交換条件を出した。

「図書館で調べ物をしても良い。しかし、自分が呼び出したときには応じること。」

もちろんこんなもので納得するわけがない。なおもつっぱねるエドワードに大佐は追加特典をつけた。

「自分の知り合いに、とても貴重な錬金術の本を持つ人がいる。もし手伝ってくれたら、その人を紹介する」・・・というものだ。

これには、さすがのエドワードも黙るしかなかった。散々迷った挙句、渋々彼は手伝うことを決めたのだ。
それから、たちはひたすら無言のエドワードから発せられる怒りのオーラと闘っているのだ。いつもは叫びながら怒るエドワードの無言の怒り・・・。これほど恐ろしいものもないのではないかと思う。これはもう一種の我慢大会のようなものだった。最初に音をあげたのは、情けないことにだった。


「あ〜・・・私そろそろ部屋戻るわ。明日から図書館巡りするんでしょ?少しでも体力つけとかないとね。」

「うん、そうしなよ。」

「じゃ、おやすみ。エドも、早く寝なよ?」


そういうと、小さく「おう。」と言う返事が聞こえてきた。ちゃんと返事を返してくれた。それが妙に嬉しくて思わず頬が緩む。もう一度おやすみと呟くと、はぱたんとドアを閉じたのだった。

部屋に戻ったは、明かりをつけると髪をとかす。
(何か今日はいろいろ疲れた・・・)
そう思いながら電気を消しベッドに歩み寄り、そのまま倒れこむように眠り込んでしまった。





***





月明かりの中、明かりの消えた部屋を見つめる人影があった。
月明かりを背負って立つ者の顔は逆光で見えない。
夜の静けさを壊さず佇む姿は、まるで闇を従えているかのようだ。


「鋼の錬金術師とその連れ・・・か。」


そう呟いた口元が、かすかに笑みの形になった。

おもしろく・・・なりそうだね・・・。










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***
軍部でのやり取りは難しい;けど楽しかった!やり込められるエドが好きです(笑)