疲れた。


は最近の日記に書くとしたらこれしかないだろうと思う。
今日は朝から図書館に篭っていた。昼食以外はひたすら読書。はっきり言ってうんざりだった。
別に本が嫌いなわけじゃない。むしろ、本を読むのは好きだ。
でも、人にはやはり限度というものがある。


(よく平気な顔していられるわね・・・)


は軽く隣の部屋の方向を睨んだ。あの壁の向こうには、疲れを知らない兄弟が今頃も読書をしているはずだった。
いや、実際疲れてはいるのだろう。人間誰しも疲れるものだ。
たとえ・・・身体がなくても。

はふっとため息をついて、寝返りを打った。
茶色い木目の天井を見上げる。

そういえば、自分は何も知らないのだ。
どうして賢者の石を求めているのかも。
なぜ賢者の石の資料だけじゃなく、生体練成の資料も読み漁っているのかも。
なぜエドの腕がオートメイルなのかも。
どうしてアルには・・・身体がないのかも。

興味がないとは言えない。知りたい。でも、聞けない。
聞いて、今の関係が壊れることが恐ろしい。
どうしてこんなに自分は臆病なのか。
どうして一歩がいつも自力で踏み出せないのか。
こんな自分は・・・こんな弱い自分は、嫌いだ。


考えがどんどん暗い方向に向かっているのに苦笑しつつ、は目を閉じた。
次に起きたら、強い自分がいればいいのに・・・。





こんこん・・・





「・・・・・・ん?」
何かが窓を叩く音に、は沈みかけた意識を引き戻される。
(・・・気のせい?)





こんこん・・・





いや、確かに聞こえる。
(でも、ちょっと待てよ・・・)
は自分の考えに青くなった。

ここは・・・確か2階のはず・・・

ふっと、月明かりが遮られた。
反射的にびくっと身体を震わせながらも、は窓のほうを向く。
は息を呑んだ。
そこには・・・


「こんばんわ。」

「・・・・・・・・・はぁ!?」


人が・・・いた。





***





は今自分が見ているものが信じられなかった。
人がいる。
しかも、窓の外に。
常識的に、ありえない。
ぽかんと間抜けな表情のまま硬直しているに向かって、窓の外の人は「開けて。」と言っている。

いやだ!

は心の中でそう叫んだ。突然現れた見ず知らずの人物をなぜ招き入れねばならないのか。
一瞬見なかったことにしてしまおうとも考えた。これは夢。目の錯覚。と言い聞かせるが、相変わらずのノックの音がそれを遮る。

その人影は声からして男だった。顔は逆光でよく見えないが、若い人だと思う。声が少し高めだ。短い髪は黒で服も黒い。その人は細身で、隙間からちゃんと月の光が差し込んでくるのに、なぜだろう。闇が窓にへばりついているような感じがする。
なぜか、怖いと思った。この非常識な状況では当たり前だと思うが、それ以外の何かがの中の警鐘を鳴らした。
この人に、関わってはいけない・・・と。


その人影はに動く気配がないことを知ると、ノックをするのを止めた。
その代わりに、かちゃかちゃという音がする。
は一瞬首を傾げたが、それが鍵を開けている音だと気づくと、慌ててそれを阻止しようと窓に駆け寄った。
・・・が。


「残念でしたー・・・。」


おどけた声とともに、無情にも窓はの目の前で開かれたのだった。





***





外の空気がさぁっと開け放たれた窓から流れ込んでいる。
今日の風は冷たい。の体温を容赦なく奪っていく。
が、はそれどころではなかった。目の前の不法侵入者を信じられないような目つきで見る。
見られている当人は、呆然としているをくすくすと笑いながら見ていた。
はとりあえず何か言おうとしたが、言葉が見つからず口をパクパクさせる。
そうしている間にも、その人物は窓を乗り越え、部屋に降りてうーんと言いながら身体を伸ばしている。
ふいに月明かりが強くなった。いや、彼が窓から離れたからそう感じるのかもしれない。
今まで見えなかった顔が薄明かりに浮かび上がった。

キレイな人だった。ルビーのように赤い瞳にすっと整った鼻梁。口元は今はかすかに微笑んでいる。その微笑みは、女の子ならときめいてしまうような優しく、やわらかい笑みだ。黒い服を着ているのに、なぜか天使のようだと思った。
年のころは自分とそんなに変わらない。17,8といったところか。自分の予想と違わなかったことに、少しの安堵を覚える。

でも、忘れてはいけない。この人は自分の部屋に無断で、しかも窓から侵入してきた、アヤシイ人物なのだ。


「ど・・・どなたですか?」

「ん?・・・さぁ、どなただと思う?」


(知るか!!)
は内心で突っ込んだ。分からないから聞いているのだ。


「えーと・・・。もしかして、この宿に泊まってる方ですか?もしそうなら部屋を間違えたんじゃないかと・・・。」

「え?・・・あぁ、なるほど。でも、僕の用がある部屋はここで間違いないよ。」

「・・・はい?」


その少年はにっこりと微笑みながら平然と答えてくる。
あまりにもすんなりと言われたものだから、は一瞬その意味をはかりかねた。


「でも、ここ私の部屋ですよ?」

「そうだね。」

「・・・私とあなたは、初対面ですよね?」

「そうだね。」

「それはつまり・・・私に用があると?」

「そういうことになるね。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


は沈黙した。沈黙するしかなかった。
この夜の非常識不法侵入者は、初対面の私に用があるらしい。
どうして・・・?

は不信を顔いっぱいに表現していたのだろう。
少年は軽く苦笑を浮かべると、困ったように首をかしげた。

(いや、困っているのはむしろ私なんですが)
そう言いたいが、とりあえず飲み込んでおく。
この空間に流れる沈黙が痛くて、は何か言うことはないかと頭をフル回転させる。
と、肝心なことを聞いてなかったことに気づいた。


「あ、あの・・・。」

「ん?」

「私になんの用ですか?」

「・・・。」


この質問にはなぜか沈黙だけが返ってきた。
少年の笑みが深くなる。
なぜか、嫌な予感がした。


「・・・君と話してみたいな〜と思って・・・ね。」

「・・・はぁ?」


予想もしない答えに、は思いっきり胡乱げな顔になる。
この目の前の男は、ただ自分と話したいだけで、真夜中に、しかも窓からやってきたというのか。
(なんて非常識な人だ・・・)
はもう怒りとかそういうものを通り越して呆れた。
そんな視線を受けても、相変わらずにこにこと笑っている。
何がそんなに楽しいんだ。
は毒づきたくなった。何となくこの笑顔は好きになれない。得体の知れない笑み。何を考えているか決して悟らせない笑みだ。


「・・・もう真夜中なんですが?」

「うん、そうだね。」

「もう寝たいんですが?」

「そっか。」

「・・・帰ってくれません?」

「う〜ん・・・どうしようかな?」

「・・・・・。」


(なんていうか・・・)
暖簾に腕押し。柳にタックル。のらりくらりとかわされている。
そう思うと、だんだんその笑顔が憎ったらしくなってきた。
ふつふつと怒りがわいてくる。
が怒ってきたのを感じ取ったのか、目の前の少年はひょいと肩をすくめた。
しょうがないなぁ・・・と言うような笑みになる。


「今日のところはこれで退散するよ。」

「・・・。」


無言で睨みつけるに苦笑を返すと、優雅な体重を感じさせない動作で窓枠に飛び乗った。
そのまま出て行きかけて、ふと思い出したようにこちらを振り返る。


「そうだった。僕はクラウドって言うんだ。覚えといてよ。」

「・・・。」


誰が覚えておくか!と内心では叫ぶも、表向きは憮然と腕を組んで見返すだけにとどめる。


「じゃあね、。」

「・・・!!」


そういうが早く少年・・・クラウドは窓の外に消えていった。
が慌てて窓に駆け寄り、下を覗く。
が、クラウドの姿はどこにも見当たらなかった。
呆然としたの頬を風が撫でていく。いつもと変わらない風が。
身体はとうに冷え切っていた。が、はそんなことも厭わず、呆然と下を凝視している。


「どうして・・・。」


がぽつりと呟いた。

どうして、自分の名前を知っているのだろう・・・?

その答えを持つ者は、存在した跡も綺麗に消し去り、夜の闇に溶けていった・・・










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謎なオリキャラ登場。オリキャラ出すの好きですみません。