昨日も眠れなかった。
毎度毎度の図書館で、はあくびをかみ殺しながら必死に活字を追っていた。
しかし、内容は表面をすべるように右から左に抜けて行き、ちっとも頭にとどまらない。
こりゃだめだ・・・とは本を閉じ、机に突っ伏した。
ちょっとだけ〜・・・と目を閉じる。
が。


ごん。


「何してんだよ、。」

「〜〜〜〜っ!!」


無防備だった後頭部に、重い音と衝撃と痛みが走った。
続けて呆れたようなエドワードの声。
は痛みを涙目になりつつこらえながら、勢いよく後ろを振り向いた。
そこには、案の定呆れたように自分を見下ろすエドワード・・・と自分の後頭部に落とされたと思われる辞書並みの分厚い本。


「いったいじゃないの!!」

「何寝ようとしてんだよ。」


の抗議をさらっと無視し、エドワードはの隣りの席に腰掛ける。
両手に持っていた本の数々が重く鈍い音を立てて机に積み上げられた。
どれも推定500ページ以上はありそうなものばかり。
本を読むのを諦めたにとって、難攻不落の城に見えた。
おそらくこれらはエドワードの今日のノルマ・・・の一部なんだろう。
(なんて末恐ろしいガキだ・・・)
と尊敬と同時には恐ろしさを覚えた。
いつも思うが、果たしてこいつは本当に私より年下なのだろうかと思う。
黙々と辞書並みの本を読み始めるエドワードを横からじーっと見つめる。
確かに背は自分より低い。・・・本人には口が裂けても言えないが。
けれど、知識や考え方は自分をはるかに凌駕しているのだ。
錬金術はもちろん、地理や常識、ありとあらゆるもので、自分は彼にかなわない。
自分のほうが年上なのに、何一つお姉さんらしいことができない。
何も、できないのだ。自分は。彼らに。

は小さくため息をついて、考えを打ち消した。
このままだと、どんどん暗い方向へ考えが向かってしまう。
それでも、やっぱり気になる。
私は、彼に何もしてあげることはできないんだろうか・・・。


「・・・なに暗い顔してんだよ。」

「へ?」


ぼぅっと考え込んでいたは、突然の声に間抜けな声を上げた。
見ると、さっきまで本を一心不乱に読みふけっていたエドワードが、呆れの表情に少しの心配の色を浮かべてこちらを覗きこんでいる。
気づかれたことに焦りと、ほんの少しの嬉しさを感じ、しかしそれを悟られたくなくて、は咄嗟に「別に?」とそっけなく返してしまう。
その可愛くない反応にエドワードはふっと小さく息を漏らすと、開いていた本を閉じた。
不思議そうに見るに、向き合う。


「なんだよ?言いたいことがあるなら聞いてやるぞ?」

「・・・・・・・・。」


予想外のぶっきらぼうだが優しい言葉に、は目を見開く。
信じられないというような目で見るに、エドワードは少し顔を赤くしながら、でも表面上は不機嫌な顔で「何だよ・・・」と呟く。


「いや・・・珍しいな・・・と。」

「うるせぇ!いちいち言うんじゃねぇ!」


自覚しているのか、本格的に顔を赤くして怒鳴るエドワードに、は笑って「ごめんごめん。」と謝る。
なぜだか、暗い気持ちがすっと晴れていった。
深く考えるのはよそうと、前向きな自分が現れる。
今はまだ、このままでいたい。
“いつか”がくるまでは、まだここにいたい。

「いらない」と言われるまで、私はあなたたちの傍にいたい。





「で!?なんなんだよ!」

「ん〜ん!別に何もない!」

「はぁ?」


元気に答えたに、エドワードが拍子抜けしたような顔で言う。
納得できないと言うような顔をするエドワードに、は笑顔のままで言う。
本心は、心の奥に隠して。


「エドこそ、私に言いたいことがあったら、遠慮なく言ってね。例えそれがどんなことでも、聞くから・・・さ。」

「? どういう意味だよ?」

「ふふふ・・・何でもない。でも、覚えておいてね。決して、我慢とかはしないで。・・・約束。」

「お前何言って・・・「約束。」

 ・・・分かったよ。」


笑顔のまま、遮るように強く言われて、エドワードは渋々といったように頷く。
この返事に安心したように、でもどこか悲しそうな顔をするに、エドワードは「ただし。」と続けた。


「ただし、お前も、我慢せずになんでも言えよ。一人で抱え込んだりすんな。」

「・・・・・。」


その言葉に、は驚いたように目を見張る。
が、その次の瞬間、花が開いたように、でもやはりどこか悲しそうに笑っていった。


「うん・・・ありがとう。」


その笑顔に、エドワードはいいようのない不安に駆られた。
何かを言ってやらなければと口を開くが、何を言えばいいのか漠然としていてつかめない。
結局口をつぐむエドワードに、はあけすけに明るい声を出した。


「そうそう、そういえばさ・・・一つ質問があるんだけど・・・。」





***





その夜、いつものように、クラウドはの部屋の窓に程近い木に降り立った。
少し強い風が、彼の漆黒のコートと髪をなびかせる。
少し、肌寒さを感じる夜だ。


「さて・・・」


クラウドは、に見せるようなふわっとした笑みではなく、冷たい月のような笑みを浮かべた。
月明かりを反射して輝くダークレッドの瞳が楽しげに細められ、口元が弧を描く。
そしてそのまま、音もなく木を蹴り、跳躍した。


危なげなく窓の外の柵に降り立つと、まずは紳士的にと窓をノックする。
ここは常識的なのに、叩くのがドアにならないのはなぜだろう。
だが、いつもならそれを指摘するの姿が見えない。
おかしいなと思いつつ、クラウドは試しに窓を押してみる。
が、懲りずに今日も鍵がかかっているらしい。
しかし、固定はされてないようだ。
そう分析すると、クラウドは手馴れたように鍵を破った。
そっと押して中に滑り込む。
さて・・・とを探して辺りを見回そうとしたそのとき。


ひゅっ

「!?」


クラウドは咄嗟に右の腕を立て、顔の横に構える。
次の瞬間、鈍い音とともに、腕に衝撃が走った。
衝撃と痛みにほんの少し顔をゆがめたとき、暗がりから奇襲をかけた張本人が姿を現した。


「ちぇ、失敗か。」

「・・・・・・。」


口を尖らせているのは、目的の人物であるだった。
先ほど脳天直撃コースにぶち込んだ足を引くと、ふっとため息をつく。
心底残念と言う顔をするに、クラウドは何もなかったかのような爽やかな笑みを浮かべた。


「危ないじゃないか、。」

「危なくしたんだから当然でしょ、不法侵入者。」

「相変わらず手厳しいね。」


やれやれというようにやんわりと首を振るクラウドに、はむっとする。
折角驚かせた・・・もとい奇襲をかけたというのに、この余裕な態度がムカつく。
もっと怒るなり、不機嫌になるなりしないのかこの男は。とは思う。


「なんで怒らないのよ?」

「え?」

「普通怒るでしょ。こんなことされたら。なんで笑ってんのよ。」

「何でって言われても・・・。」


そう言って困ったように首をかしげるクラウドに、もっといらだつ。
まるで、自分が聞き分けのない我侭な子供みたいに思えてくる。
しかし、分かっていても止められない。口からはまるで子供の喧嘩のような幼稚な言葉が零れるだけだ。


「このマゾ。」

「僕はどっちかっていうとSだよ?」

「どっちでもいいわ!」


自分から言い出したくせに・・・と呟くやつはこの際無視をしてはいい募る。


「いっつもいっつもへらへらして!何となく腹が立つのよ!人間なら喜怒哀楽くらい表現しなさい!」


びしぃ!という効果音つきで言うに、クラウドは困ったように笑うだけだ。


「それ!その笑顔!困ってるなら困ってる顔を作りなさいよ!」

「無茶苦茶だよ、・・・。」


彼の苦笑の原因は自分だと、いつになったら気づくのだろうか。
多分内心気づいていても止まらないのだろうが。


「それにしてもさ・・・。」

「? なによ。」

「どうして奇襲かけようなんて思ったの。」

「だって・・・。」

「だって?」

「今日エドに『もし変態に襲われたら?』って聞いたら、『返り討ちにする。』って言ったから・・・。」


じゃあ私もやってみようかなって思って・・・といいわけじみた口調で言う。
クラウドは一瞬うーんと考え込んでしまった。
そこで自分もやってみようと思うだろうか。
否、普通はやらない気がする。
この少女の思考回路は、普通とどこかずれている感じがする。
(まぁ、いいけどね)
結局だったらなんでもいい。
そう結論付けると、クラウドは「それにしても・・・」と苦笑の色を濃くした。


「変態って酷くない?」

「変態を変態といって何が悪いの、この変態。」

「そう何度も連呼しないでよ。」


僕傷ついちゃうよ?というクラウドは全く傷ついている感じではなくて、「嘘付け!」とは内心毒づく。
本当に、こいつの本心は読めない。


「ほんとに・・・あんたいったいなんなの?」

「この前言ったじゃない。僕は君の味方だよ。」

「あなたが味方なら、じゃあ誰が敵なの?」

「君に仇なす全てのもの。君を苦しめる全てのもの。僕はそれらから君を救うために来たんだ。」

「なにそれ?ヒーローでも気取ってんの?」

「そんなつもりはないよ。っと、ごめんもう行かなきゃ。」


クラウドはふと我に返ったように窓の外を向いた。
いきなりの行動に、はぽかんとしてクラウドを見つめる。


「じゃあね、。また明日。」


そうにこやかに手を振ると、クラウドは音もなく窓の外に消えていった。
あまりにもあっさりと素早い退場に、はあっけにとられたまま窓を見つめる。


「なんなの・・・一体・・・。」


ぽつりと零れたようなその言葉に、誰も返事を返すことはなかった。










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***
ヒロイン、クラウドに奇襲をかけるの巻(笑)
ってかエドに助言を求めてはいけません。