「案外楽だったな。」

「ま、俺たちの手にかかればこんなもんよ。」

「ははは、違いねぇ!」


がっはっはっは。とでかい笑い声が響く。
その場にいた乗客たちは一様に身をすくませた。
不幸にもトレインジャックに巻き込まれた人々は、自分の身の行く末を案じ身の行く末を案じ、じっと息を潜めていた。
助けに来て欲しい。誰か、誰か。

そう願った瞬間、先頭へ繋がるドアがカラカラっと開いた。
先ほどまで大笑いしていたジャック犯たち含め、全員の視線が注がれる。
恐る恐るといった感じで開けられたドアの向こうには、


「・・・あのぅ。」


茶色の髪をした少女が、不安そうな顔で立っていたのだった。





***





「・・・あぁ?誰だぁ?」


いささか緊張した風に顔を強張らせていた犯人たちだったが、相手が少女だと分かった瞬間、横柄な態度へと早変わりした。
女で子供。しかも見るからに大人しそうな風貌。自分たちの方が有利だと踏んだのだろう。
だかだかと乱暴に近寄ると、恐怖にか顔を歪ませた少女を覗き込んだ。


「何の用かな?お譲ちゃん。」


畏怖の表情を浮かべて一歩下がる少女の反応に優越感を抱きながら続ける。


「お兄ちゃんたちに用事かい?」


パートナーも、自分の肩越しに少女を見ていることを横目で確認して、哂う。
こんな少女が大の大人2人に適うわけがない。


「は、はい。あの、実は前のお2人から伝言を託されまして・・・。」


高く透き通った声が、今は恐怖のせいか小さく、掠れて聴こえる。
必死に声を出す少女の様子に満足そうな顔をしながら、男は聞き返した。


「伝言だぁ?」

「は、はい。」


前の車両を担当している2人の顔を思い浮かべ、2人は顔を見合わせる。


「で、何だって?」

「あの・・・。」


一度ふっと俯いた少女に釣られる様に、2人も前へ身を乗り出した。
そしてその瞬間、青白い閃光とバチバチっという静電気のような音がした。
と同時に、2人の顔面に衝撃が走る。
声も出ず吹っ飛ばされる男2人に、先ほどまで恐怖の表情を浮かべていた少女はにっこりと笑った。


「“俺らと同じようにやられちゃってくれ、同士よ。”だそうです。」


“言ってねーー!!”と突っ込みを受けそうな台詞をさらりと吐いて、少女、は倒れている男たちを眺めた。
そして軽い足取りで近づき、完璧に気を失っていることを確認すると、はふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ちょろいわね。」


先ほどとは全く違う少女の態度と、あまりにも鮮やかすぎる倒し方に今まで呆然としていた乗客は、感謝すべきか、犯人たちに同情すべきか、思いは各々複雑であった。





***





「あ、いた。エド、アル〜!」

「あ、。」


無事に犯人と乗客を乗せた汽車は、イーストシティの駅に着いた。
帰ってこなかった2人を探してホームを歩いていたは、エドワードたちを見つけると駆け寄る。


「あれ、マスタング大佐。」

「やぁ、。久しぶりだね。」

「お久しぶりです。そっか、大佐の管轄でしたか。」

「久しぶりせんでいいぞ、。こんなやつと。」


いらいらした風のエドワードがそう言うと、と大佐は顔を見合わせて苦笑した。


「うわさは聞いてるよ、。いつも大変そうだな。(どうだね、ここに永住する気は?)」

「おかげさまで。でもなんだかんだで楽しんでます。(だから遠慮しておきます)」

「しかし何かと危険が付きまとうだろう。(ここなら何の危険もないぞ?)」

「大丈夫です。いつも2人に守ってもらってますから。(ある意味安全面ではこちらのが上です)」


お互いにっこりと笑いながら会話していると、突如憲兵の悲鳴が聞こえた。
全員が一斉にそちらを向くと、にとっては見知らぬ男性が、血走った目でこちらを睨んでいる。
左腕のオートメイルと、それに仕込まれたナイフ。倒れている憲兵の様子と隠しナイフに付着した血から、何をしたかが容易に想像できた。
興奮のせいか荒い息でこちらに突進してくる男に、中尉を下がらせた大佐が立ちはだかった。
パキンと言う軽い音とともに、男の目の前で爆発が起きる。
後方に吹き飛ばされた男は、憲兵の手で素早く拘束された。


「ど畜生め・・・てめぇ、何者だ!」


そう血走った目に怒りと憎しみを乗せて言う男に、薄く笑みを浮かべつつ、大佐が言う。


「ロイ・マスタング。地位は大佐だ。そしてもうひとつ・・・焔の錬金術師だ。覚えておきたまえ。」





***





「さて、とりあえず司令部へ向かうとするか。」


何事もなかったかのように振り返った大佐は、エドワードたち3人にそう告げる。
は振り向く際送られた流し目を笑顔で跳ね除け、何事のなかったかのように「そうですね」と頷いた。
エドワードたちも意義はないと頷く。
では行くかと歩き始めたとき、後ろから声がかかった。


「ちょっと待ってくださいよ、大佐。まだここでやること終わってませんって。」


そう抗議するハボック少尉に、大佐はにっこりと笑って、言った。


「ここは君に任せることにするよ、ハボック少尉。」

「・・・マジっすか・・・。」


職権乱用だ・・・といいたげな部下の恨みがましい視線を涼やかに黙殺し、大佐はさっさと駅の改札口へ向かったのだった。





「さて、とりあえずはご苦労だったと言っておこうか。」

「けっ、そりゃどーも。まったく、ほっときゃ良かったぜ。」

「でも、あの状況じゃ無理だったよねぇ。」

「読まれてたってことだよね、あの展開。・・・ま、お約束ってくらいによくあるパターンだけど。」

「うるさいぞ、そこ!」


これみよがしにため息をつきながら話す2人に、エドワードの突っ込みが入る。
本当ならば否定したいところだが、実際当たってるので何もいえないエドワードだ。


「それにしても、すごかったらしいわね。」

「ホークアイ中尉。」


お茶を持って現れた中尉が、笑いながら言う。


ちゃん、犯人2人やっつけたんですって?」

「「は?」」

「ほう。」

「えぇ、まぁ。」

「乗客の人が驚いてたわよ。あんな女の子が・・・って。」


ぽかんとして驚く兄弟と、感心する大佐、中尉に褒められて頬を赤らめる


「ちょ、ちょっと待て。お前、なんでそんな事態になってんだよ!?」

「えーっとねー・・・。」


自分たちはに危険が及ばないように残していったのに、まさかそんなことになっているとは思いもよらず。
説明を求めるエドワードに、はエドワードたちが行ってしまってからの事をかいつまんで話した。
それを聞いたエドワードは、は〜っと深いため息をついて顔を覆った。


「お前なぁ・・・。」

「な、なによ・・・。」

「それじゃ俺たちがわざわざお前残していった意味ねーじゃねーか・・・。」

「そりゃそうだけど、結局は結果オーライでいいじゃない。」

「よくねぇよ。」


低い声でぽつりと呟くエドワードにが少しだけ怯えていると、それまで黙って聞いていた大佐が口を開いた。


は錬金術を使えるのかね?」

「え?えぇ。難しいのは無理ですけど、簡単なものなら一通り出来ると思います。」

「国家錬金術師にはさせねぇぞ。」


低い声で大佐を睨みつつ言うエドワードに、と大佐は苦笑する。


「誰もそんなことは言ってないだろう。相変わらずせっかちだな、鋼の。」


苦笑はそのまま、そう言った大佐にエドワードはどうだか。と顔を逸らす。
ぴりぴりしているエドワードをアルフォンスが必死になだめる。


「練成陣はどうしているのかね。」

「あ、これに書いてあるんです。」


そう言ってがポケットから取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さな紙の束。


「・・・単語帳?」

「正解です。」


興味深げに身を乗り出す大佐に、は見えるように輪の部分を摘み上げる。
正方形に近い、単語帳にしては大き目のサイズのそれが、ぱらぱらと揺れる。


「今まで作った練成陣はここに書いてあって、練成するときはこれを対象に当てて使います。練成するものに分けて、それぞれ作ってあるんです。わざわざ書かなくていいんで、結構便利ですよ。」

「ほう・・・。」


感心したように見つめる大佐に、がちょっと自慢げに嬉しそうに笑ったとき、手の中にあった単語帳が奪われた。
「あっ」と思って取った本人を見ると、エドワードがそれを手でもてあそんでいる。


「ちょっとエド。それ返してよ。」

「やなこった。」

「エド!」

「これ持ってるとすぐ無茶するからな。しばらく没収だ。」


そういうと、さっさと懐に隠してしまった。
納得できないは、ずかずかとエドワードに詰め寄った。


「だってあれは仕方ないじゃない!私があぁしてなかったら、今頃けが人とかが出てたかもしれないのよ!?」

「かもな。」

「なら・・・」

「でも!」


食い下がるに、エドワードは厳しい一瞥をくれた。
咄嗟に息を呑むに、エドワードは静かにでも強い口調で告げた。


「もしそうでも、それがお前が危ない目にあっていい理由にはならない。」


言葉もなく立ち尽くすからふいっと視線を逸らした。
そのまま、この話はもう終わりだと言うように、視線が絡むことはなかった。










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***
あれま、喧嘩しちゃった・・・。

今回披露されたヒロインの錬金術。
彼女は自分で作った(と言っても多少エドに手伝ってもらってますが)練成陣を単語帳に描き、それを用いて練成します。
水を練成するときには水の練成陣を、地面を練成するときは土の練成陣を、というように使い分けてます。
以前から考えていた設定なので、出せてよかったです。